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007/死ぬのは奴らだのtakのレビュー・感想・評価

007/死ぬのは奴らだ(1973年製作の映画)
4.2
ロジャー・ムーアが演じたボンドは、ショーン・コネリーと違って、キザで、ユーモアがあって、スマートでスタイリッシュ。"ジェームズ・ボンドこそ目指すべき男子"めいた刷り込みをされて育ってしまった僕が、最も多感な時期に新作が公開されて観ているのがロジャー・ムーアなので、これが大人のカッコよさだと学習してしまった。皮肉まじりに粋な受け応えをカッコいいと感じたのは弊害だったかもしれない(汗)。

全7作品のうち、個人的にいちばん好きなのは「死ぬのは奴らだ」である。だっていちいちカッコいいんだもの。例えば、バスルームで毒ヘビが迫ってくる場面。手にしたシェービングフォームのスプレーに葉巻で火をつけて対応し、何もなかったようにそのフォームを使って髭を剃る。これが大人の余裕かぁ、とtak少年は感激してしまった。うちの親父殿はこのシーンのボンドが着ているのにそっくりなバスローブを買ってきてご満悦だった(変な親子ですみません😅)。

観ていて引き込まれる場面はどんな映画にもあるけれど、「死ぬのは奴らだ」は観客の巻き込み方が巧くて、一緒に盛り上がってしまう場面が多い。ニューオリンズで葬式の列が諜報員を殺害して連れ去る場面、蛇でいけにえを殺害するブゥードゥーの儀式。冒頭でそれを示しておいて、再び劇中で登場するから先の場面で危険が及ぶのがどうなるのかハラハラする。しかもそこには高らかに鳴るトランペットの音色の後で踊り出す葬列や、「アボボボボボーッ」って謎の言葉や高速で十字を切るような動きが、お子ちゃまだった僕と妹たちにはツボで、「死ぬのは奴らだ」を家で観るとついつい一緒に声出して観てしまう(変な兄妹ですみません😅)。

ロジャー・ムーア時代のボンド映画は、時代を反映した作品が多いのも特徴。「死ぬのは奴らだ」が製作された70年代前半は、いわゆるブラックスプロイテーション映画が盛り上がっていた時期でもあり、悪役が初めて黒人となった。ヤフェット・コットーが演じたこの悪役が憎たらしい一方で、占い師に頼る変なこだわりが面白い。名前を名乗るのがジェームズ・ボンドのお約束の見せ場のはずなのに、最後まで言わせずに
(内海賢二の声で)
「名前なんか墓に刻みゃいいんだ」
と言い放つカッコよさ(吹替版育ちですみません😅)。

もちろん、ポール・マッカートニーの主題歌も最高(この曲聴くと「アメリカン・ハッスル」を思い出す人も多いかも)。

そして最後に。1999年まで僕のナンバーワンボンドガールに君臨していたのは、本作のソリティア役ジェーン・シーモア。ボンドガール総選挙めいた企画があると、必ず一票を入れてしまう。大人になって改めて観ると、だんだんオンナの表情に変わっていくのがたまらない♡。

何度も観てるんだけど、2021年11月に久々の再鑑賞。鑑賞記録は初回を記す。
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