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カポーティのninjiroのレビュー・感想・評価

カポーティ(2005年製作の映画)
4.2
心が死んでいく音が聞こえる。


若くして作家として成功し、地位も名誉も金も手に入れたトルーマン・カポーティ。
彼が次の作品の着想として選んだのは、たまたま新聞で目にした、カンザス州で起きた一家四人惨殺事件だった。
取材として現地を訪れ、事件担当者家族に取り入り、徐々に新聞では知り得ない凄惨な事件の外形を知っていくカポーティ。
やがて犯人として2人の男が逮捕され、彼らに直接触れ合い、その心の底を覗き込む事で見える事件の全容を作品として発表しようとするが…。

本作は、カポーティが彼の代表作にして、史上初のノンフィクション・ノベルとしてその革新的な手法で後に彼の名を歴史に刻むことになる名作、「冷血」を産み出すまでの限定的な伝記。

それは他ならぬ彼自身の葛藤の記録である。

ものを書くという事に、痛みを伴う人がいる。
それは、書く為にその対象に向き合う必要があるからだ。
その対象は時に自分の心の奥深く。
誰にも見せない、自分でも気付かない程の深層に閉じ込めた心象風景、思い出、恥部、感傷、そして狂気。
それらの詰まった扉を自らこじ開け、血肉に塗れ、得体の知れない液体のような阻害物と格闘しながら、そうしてやっと取り上げた名も無く由来も知れないそれを今度は解釈して、他人に披露する為に落とし所を付けなければならない。

彼はその作業を、犯人を対象として始めた。
初めは、気まぐれにも似た軽い気持ちだった。
しかし、その心の深淵を覗く作業を進めるうち、彼は犯人の一人、ある青年に深いシンパシーを抱くことになる。
青年の悲惨な生い立ちに、自らの姿を見た。
青年の生き方に、自分が歩むかも知れなかった道を見た。

同じ家に生まれ、一人は表玄関から出て、
もう一人は裏口から出て行った。

売れっ子作家、時代の寵児と持て囃され、社交界の人気者としてパーティに明け暮れるカポーティ、しかし、彼は改めて己の心を覗き込むまでもなく、既に自分の本当の姿を知っている。
本当の自分は、誰にも理解されず、常に孤独で、愛に飢え、自己愛に縋り、それ故にピエロの様に振る舞い、誰彼構わず愛をせびり、一夜の喝采を切望する。

深く深くに入り込む、もう一人の自分自身の心の深淵。

本が書き上がるということは、
彼らの刑が執行されるということ。
それは、自らの魂の首筋に刃を立て、屠り、店先に吊るす事だ。

この凄まじい葛藤。

冷たい冷たい、凍った魂。

全てが終わった後、カポーティは、果たして「愛」を見たのだろうか。

彼がそっと胸に抱いたものがそれだとすれば、
それは、美しくも、
あまりに残酷すぎる結末だ。
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