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幻の光のslowのレビュー・感想・評価

幻の光(1995年製作の映画)
4.8
覚えているのは味というより色に近く、思い出せるのは、その物より、物足りなさへのほんの憧れ。初めてのクリームソーダは、ふたりでひとつ。まざり合う前の春の海が、とてもとても鮮やかだった。銭湯の帰り道で。待ち合わせの喫茶店で。ふとした時によみがえる初体験の感覚を、そんな子供の頃の話、忘れとったわ、といつかあの人はわらっていた。あの頃の面影を残してわらっていた。暮らしの中に、あるはずのないものを見つけることと、あったはずのものを見つけること。それを、さもわかったかのようにもてなして来た日々のこと。雨降りの予報がずれ込み、濡れることもなく軒下に置き去りとなった誰かの傘のように、わたしは今も、待っているのかもしれない。あの鮮やかな世界がまざり合ってしまったばっかりに、記憶に残らなくなることだってあるということを、まだ知らずに。
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