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ほしのこえのhitomaのレビュー・感想・評価

ほしのこえ(2002年製作の映画)
4.0
新海誠が音楽以外の殆ど全てを一人で制作した商業デビュー作。たった一人で25分間のフルカラーアニメーションを作る。それを聞いただけでも星5つを上げてしまいたくなる。たった一人で作り上げたにも関わらず、街のビデオレンタル屋では何十億とかけたハリウッドの超大作と同じ価格でレンタルが行われ、こうした映画レビューサイトでも立派に映画として扱われている。その時点で奇跡だと感じずにはいられない。もはや低予算で良い物を作るとかいう次元の話では無いのだ。ただの趣味の延長がハリウッド映画とタイマンを張っているのである。そこに逆に敬意を評して同じ土俵でスコアをつけた。どれだけ低評価であっても他の商業映画と同じ土俵で語られている時点でこの作品でにとっては最高の栄誉だと思う。

この作品に低評価をつけている人は、アニメーションを作ると言う事がどれほど大変でお金が掛かる事なのか分かっていないんじゃないかと思う。新海誠自身もインタビューで、完成させる事を一番の目標にしていたと語っている通り、この手の個人制作かつ同人作品は、そもそも完成させる事が最も難しい。

折しも時代は『月姫』『ひぐらしのなく頃に』『東方project』などの同人作品が大きな成功をおさめていた同人黄金時代で、この作品もやはりそういった系譜の中で語られる記念碑的作品だろうと思う。商業にも耐えうる制作環境が個人のレベルで構築出来るようになった最初の世代だ。こうした同人黄金時代の名作達が、その後のコミケをはじめとする同人即売会の繁栄をもたらしていった。個人レベルでもムーブメントを起こす事が出来る。そこに夢を持った同人作家たちは多いし、私達の知らない名作がたくさん埋もれていると言う事でもある。

自己内省的でモノローグ主体の台詞回し。彩度が高くトレースによって描き出された美しく写実的な背景。思春期の男女の心の機微や距離感に焦点をあてた切ないラブストーリー。その男女の関係性が直接世界的なスケールで語られるセカイ系と呼ばれる物語構造。新海誠の作品全てに通ずる要素はこの作品で既に色濃く現われているし、むしろこうした初期の作品が最も邪念無く純粋にそうした要素で溢れている。

新海誠は村上春樹に大きな影響を受けたと語っており、台詞回しなどにその影響を感じる事が出来る。両者に共通する事は、本人達はデビュー作から一貫して自分たちの好きな事をやっているだけなのに、あとから作品を手に取っていく層が、生理的に受け入れられないと厳しく批評していく事であるように感じる。

一ファンとして、新海誠にはずっと、美しい背景と共に、思春期の男女の心の距離感を描き続けて欲しいと思う。
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