しゃにむ

ドライヴのしゃにむのレビュー・感想・評価

ドライヴ(2011年製作の映画)
4.3
執念深い復讐は深い沈黙の娘である

「てめーの敗因は…たったひとつだぜ…たったひとつの単純な答えだ『てめーはオレを怒らせた』」シンプルこそ至高への近道?クールな沈黙の中に煮え滾る灼熱のヒロイズム!

あまりに美し過ぎるバイオレンス映画。
濡れました(汗で) 音が鳴り止んだこの世界。時が止まらないのは自分の胸の鼓動だけ。今思えばただただ震えていただけでした。

フォロワーさんのレビューを読んで常々気になっていた作品です。「静かな怒り」とは言い得て妙です。台詞で魅了するのではなくて沈黙で魅了します。クールだけどヒート。

恍惚、快感、恐怖、寂寥、悲哀、放心…自分の意識の流れを想起して反対から遡ると何も見えません。この羅列したバラバラの言葉から何を目撃したかは今作を観ていない方には想像もつかないでしょう。稚拙な言葉で何かしら感じ取っていただけたなら幸いです。

「静」と「動」は水と油のように相交えない存在です。交互に空間を占めることはもちろん可能。出来ないのは一つの空間に同居すること。うるさくてやかましい、万が一そんな不気味な音があったら尋常ではないですね。

主人公は尋常な人ではない。

側から見たら無口な男です。もう少し観察したら、思慮深く、危うい空気を感じ取ったら、直ぐさま適切な行動を取れるよう力を溜めているかのような感があります。彼の周りには厚みと重みのある静寂がまるで目に見えるように漂っています。人通りの少ない夜の車道の静寂が彼の車を包み込めば、車内は完全に彼の世界です。

ぼくらも視線だけ彼の車内に存在することができます。走行中の滑らかな音以外は無音。彼の呼吸音は聞き取れません。自分の鼓動の自己主張がやけに激しく感じられました。無言の男にこれほど興奮を感じることも並々ならぬことでしょう。

沈黙を味方につけ、沈黙に言付けを。

それは危ない「仕事中」でも決して乱れない彼の流儀です。警察の追跡を軽々と撒いて目的地へ到着。目的地には勝利はない。勝利もなければ誇らしくなる喜びもない。ただ帽子を被って、先ほどまで自分を躍起になって追いかけていた警察達の横をすり抜けて闇夜に消え去ります。

尋常ではない格好良さ…シビれます。

しかし、彼の正体は単純に「静」の存在ではありません。言葉を語らぬ沈黙の内にひっそりと潜む者の正体は原始的な強暴性でした。クールな風貌には似合わぬ動の衝動。平素は完全に静で自分をコントロールしていますが、きっかけ次第で目を塞ぎたくなるような暴力を振るいます。

最低値から最高値へ。それがいつ起こるのかこちらには知りえません。不気味なくらい静かなシーンが続いていた次の瞬間、凄惨な場面が広がることは多々あります。静の雰囲気を剥がせば根はケダモノです。無口なタフガイと凶暴な野蛮人が同じ体に宿っているわけです。極めてアンバランスな存在。常人なら人格が分離してしまいそうなところを難なく制御し飼い慣らしてしまう。静と動が混ざった矛盾した存在です。

極端な二面性を持つ彼のバランスは単純な理由で崩れかけます。愛する女性の為にどう考えても悲惨な結末しかない道を選びます。ここに男のロマンを感じる単細胞な自分。寡黙で凶暴な男の幸せが意外に常人並みな事柄なのがかえって面白い。両極端を瞬時に行き来する彼が男臭い一面を見せるから作品が荒唐無稽に映らずに成り立つのかもしれません。こいつを単純化して言えば美学です。

並大抵の人は言葉を借りないと魅力を引き出せません。今作は沈黙の力を利用して魅力を最大限に引き出す稀有な作品だと思います。音楽も映像もキャストも非の打ち所がありません。エレベーターの危険なキスシーンは無言で観るしかないです。
しゃにむ

しゃにむ