七瀬

さらば、わが愛 覇王別姫の七瀬のレビュー・感想・評価

さらば、わが愛 覇王別姫(1993年製作の映画)
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誰も善人じゃないし誰も悪人じゃない、あまりに人間くさい人達ばかりなのにレスリーが美しすぎて、そこだけ異様な雰囲気が漂っているのが不思議だった。

ああいう、いわゆる「激動の時代」を背景にした作品って往々にして「時代に翻弄された」という書き方をするけど、
彼らは翻弄されたというより時代を「生きた」人達という言葉がしっくりくる。
特に蝶衣が小四に対して旧時代的(という表現で正しいのか?)な稽古を押し付けるシーンなんかは、変化していく時代の中で変われない「大人」と、新しいものを追い求める「子供(若者)」の対立という普遍的な図で描かれているのがとても好みだった。


※ここからネタバレ



この作品は本当に誰も救われないまま終わるのだけど、鬱エンドかと言われるとそうも感じなくて、蝶衣は絶対ああいう最期を迎えるだろうと思っていたから、むしろ完成されつくしていて美しかった。
あの剣が絶対蝶衣の元に帰ってくるのもすごく象徴的で。
人生すべてを捧げた京劇の衣装に身を包み、愛した人の隣で命を終わらせる以外の最期は、蝶衣にとって有り得なかったんだろうと思う。

蝶衣が小楼に向ける想いの形は、家族への強すぎる執着にも思えけるけど、やっぱりあの感情を一言で表すなら恋あるいは性愛でしか無いんだろうなあ。
いやインタビューでレスリーがそう言ってるからそこは紛れもなく恋愛感情なのだけど。
でも、ただ恋愛一辺倒で彼の想いは語れないはずで。親に捨てられた過去、辛い稽古に共に耐えた仲間たちとの記憶、身体を差し出さなければ役者として生きられない環境のなか、愛情というものを向けられるのは小楼以外いなかったんだろう。
蝶衣にとって、小楼を失うことは身体の半分を亡くすことと同義だったのかもしれない。

それから、私がこの作品の登場人物の中でいちばん好きなのは小四だった。
一回り以上年上の蝶衣たちに反発する健全さも、それ故に紅衛兵としての生き方を選んでしまう若さも、それでいて京劇を捨てられない弱さも、すべて共感出来てしまう。
世の中を変えていこうという、若者らしい感情が極端に食い物にされる時代に彼が生きたことは不幸だった。紅衛兵になった時点で、どう転んでも悲劇的な末路を歩むことになってしまうだろうから。
そして彼も、「あの姿」で最期を迎えるんだなあ……。

しかしこの作品、レスリーチャンを全く知らないまま見たらまた違った印象を抱くんだろうな。
レスリーの記憶をいったん消して、まっさらな状態で蝶衣の美しさに触れてみたい気もする。無理だけど。
七瀬

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