継

天国と地獄の継のレビュー・感想・評価

天国と地獄(1963年製作の映画)
4.2
“俺はまだ これからがいよいよ俺なんだ!”
この文法的におかしい、字面では伝わらない台詞がしかし、権藤という男の気概を余すところなく伝えている。

'63年製, モノクロ.
エド・マクベインの原作を昭和30年代の横浜界隈を舞台に再構築したものです。

横浜の高台にそびえ立つ権藤邸をピラミッドの頂点とするヒエラルキーが分かり易い。その裾野にスラムの様に広がる地獄に見立てた長屋から、望遠鏡で見上げる天国としての権藤邸という構図。
短絡的な動機により無関係な人の人生を狂わす犯罪は、一周回って現代でも散見する理不尽な悲劇。

身代金を払う or 払わないで揺れる権藤(三船敏郎)の逡巡が良い。役員クラスの面々に煙たがれるが現場の工員には慕われる、ウチの上司に欲しい男。
50代とおぼしき、見るからに精力的な彼が究極の選択を迫られてウロウロと部屋を行き来する姿は、思わぬ敵に出くわして当惑するライオンのよう🦁。
仕事に情熱を傾け、筋を通した策で一世一代の勝負に打って出る姿勢は思わず応援したくなります。

豪邸からは高島屋、真新しいガスタンク群が臨め、警部が指示を出す警察署屋上の背景には横浜税関の通称クイーンと呼ばれる特徴的なドームの姿が。

貧富の格差、会社の覇権争いの顛末、横浜の表と裏の顔… タイトルの如く各々のコントラストはくっきりと別れるが、とりわけ強烈なのは地獄として描かれる黄金町の麻薬窟の異様さと、戦後・横浜の裏の顔たる酒場「根岸家」のカオス。

根岸家は、監督が「日本で一番いかがわしい酒場を見つけてこい」と大号令を発し、白羽の矢が立ったと言われる酒場で、
ベトナム帰りの白人・黒人の米兵、華僑に混血、各国から渡航して来た船乗り・港湾関係者、白塗りの街娼ヨコハマメリーをはじめとする娼婦たち、在留白人実業家、横浜の名士や芸者衆、ヤクザに警官、愚連隊に売人…、
これら酒場の常識を覆す人種の坩堝(るつぼ)と化したボーダレスな客層が会したと言われる、終戦後の横浜の夜にのみ君臨し得た裏の顔役に相応しい。
映画には出て来ないけれど隻腕の用心棒というパンチの効いた人物もいたらしく、この店を舞台に映画一本撮れそうな勢い(笑)

鎌倉・腰越を走る江ノ電や、失墜した権藤を慕う運転手の如く泣く蜩(ヒグラシ)の醸し出す、夏の湘南の風情も良いカンジ。
その思いが一陣の涼風のように、捜査員たちがウチワをパタパタ打ち振る捜査会議の蒸し暑さに新展開を吹き込みます(^-^)。

人質奪還までを1時間、共犯者発見に40分、残り30分で犯人確定するも逮捕で終わらず、その後に描かれる面会の天国と地獄。鮮やかな幕切れでした。
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