サマセット7

グロリアのサマセット7のレビュー・感想・評価

グロリア(1980年製作の映画)
3.8
監督・脚本は「フェイシズ」「こわれゆく女」のジョン・カサヴェテス。
主演は「こわれゆく女」「君に読む物語」のジーナ・ローランズ。

[あらすじ]
ギャングの会計をしていたジャックは犯罪の証拠をFBIに売り渡し、大金を横領していたことが組織にばれ、自宅に襲撃を受ける。
襲撃直前、ジャックの息子フィルと証拠の手帳を託されたのは、隣人のグロリア(ジーナ・ローランズ)だった。
かつてギャングのボスの女だった過去のあるグロリアだが、フィルとの逃避行のうちやがて絆が生まれて…。

[情報]
俳優としても著名で、監督としては、インディペンデント映画の父として知られるジョン・カサヴェテス監督の、商業作にして代表作。

主演のジーナ・ローランズは、1954年の結婚以来、カサヴェテス監督と夫婦関係にあり、同監督の数々の作品に出演している名女優である。

ジョン・カサヴェテスは、即興演出という手法で知られる。
いわゆるハリウッド式の、伝統的なセットを使い、脚本や段取りを重視する演技や演出とは、真逆の手法である。
ロケ撮影、同時録音、その場の偶発事象、俳優のアドリブを重視する。ドキュメンタリー的な手法と言えるか。
同様の作風の監督としては近年では是枝裕和が著名だが、ゴダール、デニス・ホッパー、ウォン・カーウェイ、北野武など、即興的な演出を用いる監督、作品は多く、現在まで脈々と続く。
生々しい映像が撮れる一方、演者の魅力や実力が重要となる手法と言えるだろうか。

ジーナ・ローランズには、妻である、という以上に、女優として、即興演出の対象として、カサヴェテス監督にとって何度も撮りたい魅力があったのであろう。
若い頃の美貌は凄まじいが、監督のインタビューなど読むと、何より演者として惚れていたことがわかる。
彼女は、息子であるニック・カサヴェテスの監督作「君に読む物語」にも重要な役で出演している。

今作の音楽は、ロッキーシリーズやライトスタッフのビル・コンティが担当。
逃走シーンの緊迫感の8割以上は、彼の音楽によってもたらされている。

今作のストーリーは、元「極道の妻」だった50絡みの女が、家族を殺され自らも狙われる6歳の少年を連れて、ギャングから逃げる話、だ。
ジャンルはハードボイルド/サスペンス、ということになるか。
バディムービー、擬似親子もの、マフィアものの要素を含む。

家族を惨殺された隣人の子供を匿う話、という意味では、1994年のヒット作「レオン」と似ており、今作の影響下にレオンが作られたと思われる。

興収は400万ドルほどとされている。
同年公開の「スターウォーズ/帝国の逆襲」の興収が5億ドルを超えていることからすると慎ましいが、生粋のインディペンデント映画監督のカサヴェテス作品としては異例のヒット作である。

今作でジーナ・ローランズはアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。
今作はヴェネツィア国際映画祭にて金獅子賞を受賞している。
一方で、子役のジョン・アダムスは、ラジー賞の最低助演男優賞を受賞している。

今作は批評家から現在高い評価を得ている。
一方で、一般層からの支持は、そこそこといったところに見える。
どちらかと言えば、玄人好みの作品と言えるだろうか。

[見どころ]
何より、ジーナ・ローランズ演じるグロリアの魅力に尽きる!!!
厄介者を引き受けて逡巡する人間臭さ!
覚悟を決めた後、啖呵を切って、即行動するカッコ良さ!!
フィルの澄んだ目にドキッとするキュートさと滲み出る優しさ!!!
ジョン・カサヴェテスのカメラは、70〜80年代の荒廃したニューヨーク・サウスブロンクスの情景を切り取る!!
殺伐とした都会の風景は、2人の逃避行を際立たせる!

[感想]
いわゆる名作の一つ。

グロリア姐御の魅力=作品の魅力、というタイプの作品だ。
とはいえ、そのキャラクターは、アメコミヒーロー的な超人感はなく、また、最強殺し屋的なマシーン感もない。
あくまで、酸いも甘いも噛み分けた大人の女性として、カッコいい。

グロリアは、卵もまともに焼けず、フライパンごとゴミ箱に捨てるような、生活感のない女だ。
子供は嫌い、と初登場時から吐き捨て、生意気な6歳のフィルとのやりとりにウンザリする。
やがて自らのピンチに気づくと、グロリアは「理性的な判断」をしようとする。
しかし、危機において、グロリアに縋るしかない子供の眼差しに、胸の奥に隠れた「情」が動く。
この心情の繊細な変化!!
覚悟を決めた彼女の姿は、ひたすらカッコいい。
発砲!!!!
飲食店!!!
地下鉄!!!
そしてボスの豪邸での「対決」!!!

カッコいいといえば、グロリアのファッションもカッコいい。
コート!ヒール!!サンダル!!!

カサヴェテス監督の流儀であるロケ撮影は、当時最悪の犯罪率を誇ったサウスブロンクスを切り取る。
「レオン」のように特定の敵役がクローズアップされない結果、まるで都市そのものが、グロリアの敵のように思えてくる。
ギャングがうろつく共同住宅!!
車道!!
鉄道!!!

商業的娯楽作品を忌み嫌うカサヴェテスは、今作をマンガ的なエンタメ作品にしない。
そこに文芸映画のような格調が漂う一方、最近の刺激特化型の殺人マシーン・アクションを見慣れた目には、かなりまったりしたテンポやアクションにも見える。
今作の主眼は、あくまでグロリアの心情の変化と、その結果としての「覚悟の出力」にあるのであって、派手なアクションやバイオレンス、特殊効果は必要ない、ということなのだろう(とはいえ、面白いアクションもあるにはある)。
それでも今作が全編緊迫感を失わないのは、ジーナ・ローレンズの役への没入感が高い演技と、ビル・コンティの音楽に負うところが大きいと見る。

子役のジョン・アダムスにも触れておきたいが、今作以外に出演情報がない。
今作の彼はいわゆる「クソガキ」なので、不人気だったであろうことは想像できる。
個人的には、今作一作で消えてしまうほど酷いとも、ラジー賞に値するとも思わなかったが。
キラキラ澄んだ目と拙くも素直な言葉には、グロリアを動かすだけの説得力があったように思う。
この点は英語ネイティブだと、感じるウザさも違うのかもしれない。

[テーマ考]
今作は、守るべき子供を前にした大人の女性の、心情の変化と強さを描いた作品である。
今作のほぼ全ての要素が、このテーマに沿って説明できよう。

別の言い方をすると、夫ジョン・カサヴェテス監督が、妻であり彼にとって最高の女優であるジーナ・ローレンスの魅力を、100%カメラに納めるために、全ての要素を配置した作品である。

この時ジーナ・ローレンスは49歳。
その瞬間の人間的魅力が、今作には詰まっている。
こんなにカッコよくなれるなら、年齢を重ねるのも悪くない。

今作の裏読みは可能だろうか。
今作で、グロリアが最終盤に至るまで、決定的なピンチに至らないのは、彼女の周到な行動はもちろんのこと、彼女がかつてボスのオンナだったことも影響があろう(確たる説明はないが、ある瞬間まで、明らかにギャングの追撃はヌルい)。
彼女の前に立ち塞がる組織は、一方で、彼女を保護していた存在でもある。
彼女のフィルに関する決断は、組織との決別を意味する。
これは何かのメタファーと捉えられるかも知れない。
例えば、男性優位社会と、女性の自立。
あるいは、管理国家からの、個人の自立。
若しくは、ハリウッド式商業主義と、インディペンデント映画そのもの。
保護者にして支配的存在からの自立、その先にあるものは、非情な現実か、それとも…。
今作の感動的なラストシーンは、この観点から見ると、作り手の祈りのようなものを感じさせる。

[まとめ]
ジーナ・ローレンス演じる主人公グロリアの魅力が爆発した、擬似親子・逃避行ものサスペンスの名作。

今作はシャロン・ストーン主演、巨匠シドニー・ルメット監督の布陣で1999年にリメイクされている。
各サイトの評価や興行成績を見る限り、スルー推奨のようだが、なぜそんなことになったのか。
怖いもの見たさで、見てみたい気もする。