tanayuki

情熱のピアニズムのtanayukiのレビュー・感想・評価

情熱のピアニズム(2011年製作の映画)
4.2
DVDは持ってるんだけど、アマプラで発見して思わず見入ってしまった。あとから昨日はたまたまペトちゃん生誕60周年だったことに気づいて、なんだか運命を感じてしまった(1962年12月28日、南仏プロヴァンスのオランジュ生まれ)。

「長く生きられないから急ぐんだ」

生まれつき骨形成不全症という病気を患っていて、身長は1メートルほどで骨はもろく、すぐに骨折してしまう。だから寿命は20年といわれて育ったミシェル・ペトルチアーニ(実際は36歳まで生きた)。身体が小さなペトちゃんは、だが、手だけは大きかった。その大きな手を人間業とは思えないスピードで鍵盤に叩きつけ、全身全霊で演奏に打ち込む姿は、まさに「ピアノの化身」。カラフルな音色や音の粒立ちのよさもペトちゃんならではの美点で、力強く歯切れのよいタッチで、鍵盤のうえを縦横無尽にかけめぐるペトちゃんはホントにビューティフル! 

理知的でどこか陰気なジャズ界にあって、こんなにも聞き手を幸せな気分にしてくれる根っからの陽キャは、ペトちゃん以外には思いつかない。その姿を見れば、なぜか気分がアガり、その音楽を耳にすれば、自然とウキウキしてきて、ポジティブな高揚感に包まれる。それはきっと、ペトちゃんが限られた時間を全力で、本人いわく150%で生きたから。全力でピアノを弾き、全力で生活を楽しみ、全力でドラッグにはまり、全力で女たちを愛したバイタリティのかたまりのような人だった。

自分で歩くこともままならないペトちゃんは、文字どおりペトっと張りつくように抱き抱えられて運ばれる。こんなにもちっちゃく、こんなにも無力な存在が自分を頼りきって身をまかせてくれるという経験は、赤ん坊を抱くとき以外、ほとんどないはずだ。だから、ペトちゃんははじめて会った大人たちの心を一瞬で溶かし、誰からも愛された。身体をペトっと密着させて、あのクリクリっとした瞳で見られたら、男だってキュンキュンしちゃう。ペトちゃんが女にモテたのも、よくわかる。

J.F. ジェニー・クラーク、アルド・ロマーノというフリージャズもこなす重鎮とフランスのアウルレーベルに吹き込んだデビュー盤『ミッシェル・ペトルチアーニ』。愁いをおびた名曲〈エスターテ〉が染みる初期の傑作『エスターテ』。ブルーノート時代の集大成『ミュージック』は、ペトちゃんの明るい曲調と控えめなシンセの音色の相性が抜群だ。

だが、太陽のようなペトちゃんの音楽を味わい尽くしたいなら、ドレフュス時代の作品がおすすめ。ブルーノートではニューヨークの大物たちとのセッションでどこか肩肘張ったところがあったのか、ピアノを鳴らすことにかけては誰にも負けない正確で力強いタッチ、抜群のテクニックと歌心、観客をとことん楽しませようというサービス精神といったペトちゃんの美質は、母国に帰ってから一気に花開いた感がある。

デイヴ・ホランドとトニー・ウィリアムスという豪華なメンバーを迎え、弦楽四重奏団をバックにピアノを弾きまくる移籍第1弾『マーヴェラス』。40分以上にわたって好きな曲をひたすら弾き続けたという1曲目のメドレーが圧巻のソロ・ライヴ・パフォーマンス『シャンゼリゼ劇場のミシェル・ペトルチアーニ』。フランス人オルガン奏者エディ・ルイスとの珠玉のデュオ作品『デュオ・イン・パリ』。ああ、ペトちゃん、ホントに惜しい人を亡くしたものだ。

△2022/12/29 アマプラ鑑賞。スコア4.2
△2014/03/14 DVD購入。スコア4.0
tanayuki

tanayuki