めしいらず

クラック!のめしいらずのレビュー・感想・評価

クラック!(1981年製作の映画)
4.6
夫が手ずから作り上げ妻に贈られる安楽椅子。村人が集い婚礼を祝うダンスの賑わい。そして子供を儲け、やがて手を離れ、また新たに家族が繋がっていく。その家族史は、壊れる度に補修され大事にされてずっと彼らと共にあった安楽椅子にも刻み込まれている。例えば安楽椅子の背に描いた笑顔に夫が込めた願いだとか、楽しげな婚礼のダンスを少し離れた所から羨ましそうに眺めている子供たちの様子だとか、父が母が慈しむように赤ん坊を抱いて安楽椅子に揺られるだとか、そんな当たり前にあった温かな日常がいちいち琴線に触れてくる。何でもない光景に泣きそうになる。その地に根を下ろした村人たちが共に積み上げてきた歴史の尊さ。実感のある生活描写。連綿と受け継がれてきた民謡や舞踊。なんて優しくて美しいのだろう。昔は小さな共同体の中だけで凡て事足りていた。しかし人々が大切にしてきた物事に顧慮することなく共同体は否応なく近代化していき、旧式な物事はどんどん打ち捨てられていく。何もかも簡便化していく生活の絶大な恩恵に与りながら、その副作用のように今までと全く別の悩みを同時に抱え込んでしまった現代人。個人の世界は拡がったけれど、その分だけ繋がりは薄まったように見えてしまう。スマート化した生活はまるで人間がそこに介在していないかのように清潔だ。だから終盤に触れられる現代アートの冷たさは、或いは現代人の生々しい心模様を映した象徴なのかも知れない。こんなシンプルな生き方が昔あった。今からそれを求めてももう戻れないところにまで私たちは来ている。人間は進歩した地点から退歩するのが不得手である。でも現代文明を闇雲に否定しているのではないとも思う。人間のありようのそのままを見つめるバックの眼差しに棘はない。例え家がビルの中に移っても、人々はかつてと同じように安楽椅子に揺られている。
「木を植えた男」だけが抜きん出て有名なフレデリック・バック作品であるけれど、個人的にはこちらが断然好みだった。あまりに良くって立て続けに5度観てしまった。
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