サマセット7

北北西に進路を取れのサマセット7のレビュー・感想・評価

北北西に進路を取れ(1959年製作の映画)
4.0
監督は「めまい」「サイコ」のアルフレッド・ヒッチコック。
主演は「ヒズ・ガール・フライデー」「汚名」のケイリー・グラント。

[あらすじ]
広告会社の社長ロジャー・ソーンヒル(ケイリー・グラント)は会合のため訪れたホテルで突然2人組の男から銃を突きつけられ、豪邸に連れ去られる。
そこでソーンヒルは、タウンゼントなる人物から「カプラン」と呼ばれ、詰め寄られる。
まったく身に覚えのないソーンヒルは混乱の中、大量の酒を飲まされ、殺されかけるが、何とか一命をとりとめる。
しかし、彼の受難は始まったばかりであった…!!!

[情報]
サスペンスの神様アルフレッド・ヒッチコック監督の、1959年公開のアメリカ映画。

膨大なヒッチコックのフィルモグラフィーの中でも、1954年の裏窓から1960年のサイコまでのハリウッドでの時期は、映画史に残る傑作名作を連発した黄金期と言えるだろう。
今作もその時期に公開された、ヒッチコックの代表作の一本である。

今作は、ヒッチコック監督のイギリス時代の作品「三十九夜」のアメリカ版、という構想で作られた。
元ネタ同様、男がスパイの謀略に巻き込まれて、殺人犯の疑いをかけられて逃亡する、という内容のスパイ・スリラーである。

同時期の「めまい」や「サイコ」が、シリアスなサイコ・スリラーの趣きがあるのに対して、今作は結構コミカル。
人間の内奥に踏み込むような描写はあまりなく、アクション重視の比較的陽気な作品である。

今作は、後のスパイものの映画に、絶大な影響を与えたことで著名である。
中でも有名なのは、007シリーズで、特に「007ロシアより愛をこめて」は、見比べれば誰もが分かるくらい、酷似したシーン(列車と美女と客室、飛行する乗り物による攻撃、主役の衣服など)が頻出する。
今作の主演のケイリー・グラントは、ショーン・コネリーに決定する前に、ジェームズ・ボンド役のオファーを受けたが断っていた、という逸話がある。

そのケイリー・グラントは、ヒッチコックのお気に入りの俳優だったようで、断崖、汚名、泥棒成金と今作を含め4作で起用されている。
アカデミー賞こそ70年の名誉賞の受賞のみだが、ハワード・ホークス作品など出演作は多数で、時代を代表する映画スターの1人である。
ブラピやキアヌ、ディカプリオといった賞とは無縁な映画スターたちの系譜の大先輩、といった立ち位置だろうか。

今作はヒッチコック映画の決定版を作る、という構想で作られ、現在も、ヒッチコック監督の代表作として高く評価されている。
アカデミー賞でも脚本賞など3部門にノミネートされた。
昔の作品なので興行収入はよくわからないが、当時不評だった「めまい」よりはマシだが、裏窓やサイコの売り上げには及ばないという感じだろうか。

[見どころ]
映画史に残る名シーンのオンパレード!!
酩酊運転!!!
群衆と赤帽!!!
あの、飛行機のシーン!!!
歴代大統領たちの像での火サス原型!!!
上映開始30分頃からの疾走感!!!
次から次と繰り出されるヒッチコック的サスペンス!
ホテルのエレベーター!
列車の客室!!
オークション会場!!!
アクション、サスペンス、恋愛!!
ジャンル要素のてんこ盛りで、サービス精神満載!!!

[感想]
楽しんだ!!

さすがに、アクション・スリラーの雛型的名作だけに、2023年現在観ると、既視感の塊である。
ただ、それは今作の影響力の大きさゆえ。
やはり、ヒッチコック監督の偉大さを噛み締めつつ、伝統芸能を見るような心持ちで、一つ一つの名シーンの連打に、待ってました!!とばかりに感動するのが、今作の楽しみ方であろう。

ヒッチコック映画だけに、観客をハラハラさせるテクニックが縦横無尽、緩急自在に張り巡らされている。
主人公が隠れているところに、警察官が訪れる、というシーンが典型だろう。
観客が知っている情報を、作中のキャラクターが知らないために生じるヤキモキした感覚、というやつだ。
60年以上前の映画で、136分とそこそこ長いが、ダレずに観られるのは、さすが、である。
ジャンル映画として、この時点で完成されているのは、感嘆に値するだろう。

ケイリー・グラントが、冒頭の秘書に大量の伝言をメモさせまくるシーンから、今作のコミカルなトーンが規定されている。
その後、主人公がどんな大変な目にあっても、何だか可笑しく感じられる。
この辺りの塩梅は、おそらくヒッチコックとケイリー・グラントによる意図された匙加減、と言うやつだ。
このバランスにより、今作を安心して観られる一方で、「めまい」や「サイコ」と比較して、明らかにジャンル映画っぽさを増している。
ただただ観客を楽しませることが徹底されているように感じた。

今作独自の魅力を考えると、ケイリー・グラント扮する主人公ソーンヒルの人間性に帰着する、かもしれない。
彼は、広告会社の社長、と言えども、スパイの世界では一般人であり、典型的な、巻き込まれ型主人公だ。
今作の大半の場面で、彼は、状況の変化に押し流されて、ひたすら困っている。
それでも観客がイライラしないのは、ケイリー・グラントのすっと伸びた姿勢の良さや、どんな時も身だしなみを忘れない瀟洒さ、そして、マシンガントークの頼もしさゆえか。
ところどころマザコン要素が入っているのも、何だか面白い。
何というか、困っているけど、深刻でない、という、絶妙なバランスなのだ。
そして、あるタイミングで、彼は、事態を自分ごととして把握して、主体的に動き出す!!
その、人としてのカッコ良さ!!!!

上映開始後結構な時間をおいて登場するヒロインのエヴァ・マリー・セイントも、謎めいた美女を演じて、良い感じだ。
彼女の抱える事情からして、演技のバランスはなかなか難易度高めだと思うのだが、過不足なく演じているように思える。

総じて、ヒッチコック監督の全てが詰め込まれた、集大成的作品、と言われているのも納得だ。
個人的には、どうせヒッチコックを観るなら、めまいやサイコみたいな、人間性の深淵に迫るドロドロした話の方が好みだが、今作は今作で、間違いなく、独自の魅力があると感じた。

[テーマ考]
今作は、ジャンル映画の雛型のような作品であり、特定のテーマを想定することに向いていない。
何も考えずにハラハラドキドキを楽しむのが推奨される。

とはいえ、何か捻り出すなら、今作は、いつの間にか大きな組織間の軋轢に巻き込まれて、のっぴきならない状態に陥り、犯人扱いされることに対する、潜在的恐怖を描いた作品、と言えるかもしれない。
1959年と言う時代に鑑みると、米ソの冷戦の真っ只中。「スパイによる謀略」に、現実味があった時代だ。
隣にいる人間が、共産圏からのスパイかもしれない時代。いつ国家間のゲームや思想統制に巻き込まれて、容疑者扱いされるか分かったものでない時代。密告と疑心暗鬼が今よりも遥かに近しい時代。
1954年にマッカーシズムが終焉を迎えたとは言え、まだ赤狩りの恐怖は、記憶に新しかったであろう。
そんな中、今作の描いた恐怖は、現在とは比較にならないくらい、リアリティがあり、観客の気持ちを揺さぶったのではないか。

そして、主人公ソーンヒルのユーモアを忘れない不屈の姿勢は、大きなモノに立ち向かう個人の理想的な姿として、鮮烈に映ったのではないか。

そう考えると、多くの作り手が今作に感銘を受け、007シリーズをはじめ、後の作品を撮るにあたって今作を参照した事実も、然もありなん、と思えるのである。

[まとめ]
ヒッチコック黄金期の作品にして、後世への影響が甚大な、スパイ・アクション・スリラーの原型的名作。

個人的に好きなシーンは、オークションのシーンかな。
あそこで、咄嗟にあの対応ができる主人公。あんた、すごいよ!!