きょんちゃみ

レジェンド・オブ・スリーピー・ホロウのきょんちゃみのレビュー・感想・評価

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【ワシントン・アーヴィング著『悪魔とトム・ウォーカー』の私訳】

 話を始める前に、今から300年前、1600年代の後半にまでさかのぼろう。当時、世界で最も有名な男のひとりであったのは、キャプテン・ウィリアム・キッドだった。このキャプテン・キッドというのは、海賊であった。キャプテン・キッドは海を航海し、見つけた船はなんであれ拿捕した。彼とその部下たちが、これらの船からお金を奪ったのである。キッドは、このお金を、様々な場所に隠した。
 キャプテン・キッドは、マサチューセッツ州ボストンでイギリス人に捕らえられ、1701年に処刑された。
 それ以来、世界中の人々がキャプテン・キッドに盗まれたお金を求めて、多くの場所を探しまわった。
1700年代にマサチューセッツに住んでいた人々は、キャプテン・キッドがボストン近辺に宝物の一部を埋めた、と信じていた。そして、ボストンからそう遠くないところに、大西洋に流れ込んでいる小さな川があった。古い話によると、キャプテン・キッドは海からこの川を登った後、大きな木の下に金銀や宝石を埋めたのだという。
 そしてその物語によれば、この宝物はキッド船長の良き友だった悪魔自身によって守られていたという。
 1727年、トム・ウォーカーという名の男が、この場所の近くに住んでいた。トム・ウォーカーは、感じの良い男ではなかった。トムには、好きなものが一つだけあった。お金である。そして、そのトムよりも下劣な人物が1人だけいた。彼の妻である。トムの妻もまた、お金が大好きだった。夫婦はあまりにお金に対して貪欲であったので、お互いに金品を盗みあいさえした。
 ある日、トム・ウォーカーは、暗い森を通って、家に戻ろうとしていた。彼は泥沼に落ちることのないように、ゆっくりと、注意深く歩いていた。
 ついに、彼は乾いた地面の一画に、たどり着いた。トムは倒れた木の上に座った。休んでいるあいだ、彼は棒で地面を掘った。というのも、トムはかつてインディアンらがここで、悪魔に捧げるための生贄として、とらわれた者たちを殺していた、という話を聞いていたのである。しかし、この話によって彼は動揺したりはしなかった。トムが恐れる唯一の悪魔は、彼の妻だけであったから。
 トムの棒は、なにやら硬いものにあたった。彼は、それを地面の上に掘り出した。それは、人の頭蓋骨であった。その頭蓋骨の中には、インディアンの斧が入っていた。
 突然、トム・ウォーカーには、「その頭蓋骨に触るな!」という怒った声が聞こえてきた。
 トムが見上げると、倒木に巨人が座っているのが見えた。トムは今までこのような男を見たことがなかった。その男は、インディアンの服を着ていた。巨人の肌はほとんど黒で、灰に覆われていた。目は大きく、赤かった。巨人の黒髪は逆立っていた。巨人は大きな斧を持っていた。
 その巨人は尋ねた。「お前は俺の土地で何をしているんだ?」と。しかし、トム・ウォーカーは怖がることなく、こう答えた。「そりゃ、どういう意味だ?ここはピーボディ氏の土地だぜ。」
 見知らぬ巨人は、笑って背の高い木々を指さした。トムは、その木々の1本が斧で切られているのを見た。トムがもっとよくみてみると、「ピーボディ」という名前がその木に刻まれているのがわかった。ピーボディ氏というのは、インディアンから略奪することでお金持ちになった人であった。
 トムは他の木々も見てみた。それぞれの木に、マサチューセッツの有力な金持ちたちの名前が刻まれていた。そしてトムは、自分が座っている木も見てみた。その木にも、「アブサロム・クラウニンシールド」という名前が刻まれていた。トムは、「クラウニンシールド氏」というのが大金持ちであったことを思い出した。この人物は、キャプテン・キッドがそうであったように、船を略奪することで金持ちになったと言われていた。
 突然、その巨人が叫んだ。「クラウニンシールドは、そろそろ燃やすころあいだ。この冬、俺はたくさんの木を燃やすつもりだ!」
 トムは巨人に、ピーボディ氏の木を切る権利はあなたにはない、と言った。見知らぬ巨人は嘲笑して次のように語った。「俺にはこれらの木を切るためのあらゆる権利があるのだ。この土地は、マサチューセッツにイギリス人がやってくるよりもずっと前から、私のものだったのだ。その頃、インディアン達がここに暮らしていた。そのあと、お前達イギリス人がそのインディアン達を殺した。今や私はイギリスの男たちには、どうやって奴隷を売買するのかを教えてやっている。そしてその妻たちには、どうやって魔女になるのかを教えてやっているのだ」、と。
 そこでトム・ウォーカーは、その巨人がまさに悪魔そのひとなのだとわかった。しかし、トム・ウォーカーは、依然として恐れてなどいなかった。
 巨人は、キャプテン・キッドが莫大な財宝を木の下に埋めたのだが、自分の許可なしには、誰もその宝物を我がものとすることはできないのだと言った。巨人は、トムがこの宝を所有してもよいと言った。だが、トムは巨人が要求するものを差し出すことに、同意せねばならないのだという。
 トム・ウォーカーは自分の命と同じくらい、お金を愛していた。しかし、トムはよく考えるための時間を要求した。
トムは家に帰った。トムは自分の妻に、何が起こったのかを伝えた。妻はキャプテン・キッドの宝を欲しがった。妻はトムに、悪魔が望むものを差し出せと迫った。だが、トムは断った。
最終的に、トムが拒否したことをやると決心したのは、むしろ夫人のほうであった。夫人は、持っていたすべての銀を大きな布きれにくるんで、闇の巨人に会いに行った。それから2日が経った。夫人はとうとう家に帰ってはこなかった。夫人は、それからもう二度と姿を見せることはなかったのである。
人々が後に語ったところによると、トムは巨人に出会った場所にまた行ったらしい。トムは妻の持っていった布が、木の中に引っかかっているのを見つけた。そこでトムは安堵したのである。というのも、トムは妻が持っていった銀を得たかったからだ。しかし、彼がその布を開いた時、その中に銀はなかった。その中には人間の心臓が入っていたのである。
 トムは妻が持っていった銀を失ってしまったことを残念に思ったが、妻を失ったことを残念だとは思わなかった。むしろ彼は、このことについて巨人に感謝さえしたかった。それから、トムは毎日その巨人を探した。トムはとうとう、巨人が望むものを、キャプテン・キッドの宝と引き換えに、巨人に差し出す決心をしたのであった。
 ある夜、トム・ウォーカーは巨人と出会い、キャプテン・キッドの財宝と引き替えに、自らの魂を差し出した。しかし、悪魔は、今やそれ以上のものを要求した。悪魔が言うには、トムはキャプテン・キッドの財宝を、悪魔の仕事をするのに使わなければならない。つまり、トムが船を買い、アメリカに奴隷を送る仕事をすることを、悪魔は求めたのである。
 前述の通り、トム・ウォーカーは金儲けのことだけをこよなく愛し、金儲けのことしか頭にない男ではあった。しかし、そんな彼でさえ、人間を奴隷として売買するなどということに同意することは出来なかった。それで、トムはこの要求を断った。
 そこで悪魔は、自分の2番目に重要な仕事は金貸しなのだ、と言った。悪魔のためにこの種の仕事をする人々というのは、金を借りた貧しい人々に、彼らが受け取った分よりもずっと多くの金額を強制的に返済させるのである。
 トムは、こういう類の仕事ならやりたいと言った。それで悪魔は、トムにキャプテン・キッドの宝を与えた。
 数日後、トム・ウォーカーは、ボストンで金貸しをやっていた。助けを必要としている人はたくさんいたのであるが、そういう人はみんな、トムのところにやって来た。トム・ウォーカーは、ボストンで最も裕福な人物になった。人々が返済義務を果たせなかった場合、トムはその人の畑を、馬を、そして家でさえも取り上げた。
 年を取り、金持ちになるにつれて、トムは不安になり始めた。自分が死んだら、いったいどうなるのだろうか。トムは悪魔に魂を捧げると約束してしまっていた。もしかしたら、そう、もしかしたら、トムはその誓いを破れるのかもしれない。
 それで、トムはとても敬虔になっていった。トムは、毎週教会に行った。トムは、自分がじゅうぶんに祈れば、悪魔から逃れられるのではないか、と思っていたのだ。
 ある日、トムは、借りた金を返せなくなったある男の土地を取り上げた。その貧しい男は、どうか返済を待って欲しいと懇願した。「どうか私を破滅させないでください!」とその男は言った。「あなたはすでに、私の全てのお金を取り上げておいでです!」と彼は続けた。
 トムは怒り、次のように叫び始めた。「私がお前からどんな金品でも奪っているというのなら、悪魔よ、さあ私を連れ去ってみるがよい!」
 それが、トム・ウォーカーの最期だった。というのも、ちょうどその時、彼はある音を聞いたからだ。トムは扉を開けた。するとそこには、漆黒の馬に乗ったあの闇の巨人がいた。巨人は言った。「トムよ、私はお前のためにやって来たぞ。」と。巨人は、トムを持ち上げ、馬に乗せた。そして巨人が馬をたたくと、その馬はトムを乗せて走り去った。
 それからというもの、トム・ウォーカーを再び見た者はない。ある農家が、黒い馬が、その上に人を乗せて、狂ったように森の中へと走って行くのを見たという。
 トム・ウォーカーが忽然と姿を消した後、当局はトムの財産を接収することに決めた。しかし、取り上げられるものはなにもなかったのである。トムが土地や馬を所有していたということを示す記録が、全て焼け、灰と化していたのだ。金銀が入っていたはずのトムの箱も、中身は木々の小さな欠片だけになっていた。その木々はといえば、最近切り出されたものであった。トムの馬たちも死にたえ、彼の家も突然焼け、灰になってしまった。
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