ちぇり

キューティー&ボクサーのちぇりのレビュー・感想・評価

キューティー&ボクサー(2013年製作の映画)
4.0
篠原有司男は、1960年に日本で結成された芸術集団「ネオダダイズム・オルガナイガーズ」の中心的メンバーで、パフォーミングアートで有名である。のちにボクシング・ペインティングで有名となり、1969年、さらなる活躍の場を求めてニューヨークへと渡る。そして、当時19歳で美術を学びに同じくニューヨークへ来た妻ののりこと運命的な出会いを果たす。そこから2人は結婚、子育てを経験しながらお互いの美術の道を探求していく。今回鑑賞した映画は、80歳になった篠原有司男が今も自らの芸術への情熱を燃やしながら制作活動に励む様子と、そんな彼のことを40年近く傍で見守ってきたのりこの妻として、そして一人のアーティストとしての生活と葛藤を描いていた。

ニューヨークでアーティストとして活動する、というとどこか煌びやかで憧れを抱くが、実際の生活には困難も付きまとう。日本でボクシング・ペインティングとして有名になった篠原有司男でさえ、家賃の心配をし自らの作品を売るために大きなキャリーケースを持って地下鉄に乗らねばならない。篠原が、妻ののりことお金の話をしている時の虫の居所が悪そうな表情が忘れられない。2人の芸術家と、それに付きまとう生活。どこに行っても、何をしても、生活は切り離せないのだということを感じて少し暗澹たる気持ちにもなるが、同時にただひたむきに作品に向き合う彼らの姿が励みにもなるような気がした。

19歳で篠原と出会ってから、のりこはただ一途に彼だけを追いかけて生きてきた。妻として、時にはアシスタントとして、彼の芸術を1番側で支えてきた。彼女にとってはそれが日常であり、ニューヨークという慣れない土地で自分を保つための術だったのだろう。篠原は非常に自分勝手な男だ。夫として、そして父として皆の手本となるような生き方とは言えないだろう。だか、彼のそんな人間くさい部分が多くの人を惹き付けたのも事実であろう。のりこもそんな彼に魅せられた人物のひとりだ。しかし、子育てが落ち着きニューヨークでの生活にも慣れた今、のりこは再び芸術家としての自分を取り戻そうとしたのだろう。篠原有司男という芸術家の影で隠されていた、もう一人の芸術家の存在を。彼女はそんな自分を、キューティーというキャラクターに投影し、二人の愛の物語を描いた。二人が歩んできた人生・生活を描くことが、彼女に芸術家としての自由を与えたのだろう。自らの作品の展覧会のために白のペンキをたくさん買ったことを電話で報告する、のりこの希望と期待に満ちた声が忘れられない。ときめくように筆をとる彼女の姿を見て、キューティーという存在が、芸術が、彼女にとってどれほど大きいものであるかと同時に、それまで篠原有司男の芸術を優先してきた彼女の生き方が垣間見えたような気がした。
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