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それでも夜は明けるのGreenTのレビュー・感想・評価

それでも夜は明ける(2013年製作の映画)
3.0
アンチ・風と共に去りぬです・・・。

ベネディクト・カンバーバッチ演じるウィリアム・フォードが良い白人、マイケル・ファスベンダーが演じるエドウィン・エップスが悪い白人なのですが、良い白人のフォードの奥さんでさえ、子供と離れ離れになって泣いている黒人奴隷の女性に

「ささ、家に入ってなにか食べなさい。子供のことはすぐに忘れるわ」

とか言うんですよね。この人は優しい人なんだろうけど、こういうことを言えちゃうのは黒人はこういう生活するのが当たり前、って思っているんでしょうね。

悪い白人のエップスの奥さんメアリーは、サラ・ポールソンが演じているのですが、スティーブ・マックィーン監督の娘さんがオーディションのビデオを観て「この人が一番怖い」って言ったことから選ばれたそうです。

エドウィン・エップスは黒人奴隷のパッツィという若い女の子をレイプしているのですが、単にセックス対象っていうよりも、本気で夢中になっているようなんですね。だけど、「奴隷に夢中になる自分」を恥じていて、パッツィに暴力的になる。

で、奥さんのメアリーは、そりゃあ面白くないですよね。この人も黒人を見下して育ってきたわけだから、「黒人の若い女に負けた」みたいな屈辱を味わっているのでしょう。彼女もパッツィに暴力的。

パッツィを演じるのはルピタ・ニョンゴなんですけど、まだ相当若い頃なんでしょうね。初々しくて、可愛らしくて、確かに魅力的。だけど、だからこそ憎まれる。人種差別がなくても、そういうことってあるじゃないですか?妬みや罪悪感や、自己否定感をぶつけられる可愛い子。でもそれが、奴隷という立場になったら逃げ場がない。

このメアリーが、『風と共に去りぬ』のメラニー・ウィルクスに見えてしょうがなかったっです。髪型とか似てるんですよ。なんか、『風と共に去りぬ』での慈悲深いメラニーは白人目線の描写で、同じ人が黒人奴隷にはこういう風に見えていたってこともありうるなあと。それかメラニーはフォードの奥さんで、エップスの奥さんがスカーレット・オハラなのかな〜。

昔、日本の一般的な無機質なマンションに住んでいた頃、『風と共に去りぬ』などの映画で出てくる白い柱が玄関に立っているような家に憧れたけど、最近ではこういうゴージャスな家とかって、黒人奴隷を使ってお金儲けした人たちが住んでいたんだなあって思うと、そういう装飾をマネしようって思わなくなりました。自分でDIYしてみるとわかるけど、ああやって壁や柱に何重にも装飾するってすっごい手間も時間もお金もかかる。安い賃金で黙って働いてくれる人がいなかったらできない。そういう「人を踏み台にして得た贅沢」の象徴に見えてきちゃって、そういうインテリアの中で生活したくないなあって。

黒人たちの境遇が悲惨なのと対象的に、まだ近代化されていない南部の風景は本当に美しくて、だからこそちょっと切なくなりました。また、読み書きをする黒人はうとましがられる(罰せられるのかも)ので、手紙を燃やすシーンがあるのですが、紙が燃える背景が漆黒の闇で、昔は本当に街灯とかないから、真っ暗な中に紙の端っこが赤く灯っている映像がすごく美しかったです。

あと、ポール・ジアマッティやポール・ダノが「悪い白人」を演じるのがどーなんだろ?って思っていたら、とても好演でした。特にポール・ダノは、やっぱこの人いいなあって思った。

白人の役者さんは人種差別的な白人を演じるのって、やっぱイヤなんだろうなあ〜って思ったので、こういう役を真摯に演じるのは好感持ってしまいますね。

プランBが制作に関わっているので、ブラッド・ピットが「奴隷制度に反対し、主人公を助ける良い白人」の役でカメオ出演していて、すごい批判されてます。本人は別にこの役で出してくれ!って頼んだわけじゃなくて、自分が出ると資金を得やすいから出ただけと言っているそうなのですが、最初は「悪い白人」エップスの役をオファーされていたのに断ったそうなんですよね。だからやっぱ敢えて悪い白人役はやりたくないんだろうなあ〜って思いました。

黒人奴隷の実態がどうだったかを伝えたいっていうスティーブ・マックィーン監督の熱意はわかるんですけど、やっぱこういう映画って後味悪いですよね。でも思ったんですけど、これが「昔はひどかったけど、今は良くなった」って思えるんだったらこれほどよ〜んとはならないと思うんです。今でも根本が変わってないよな〜って思わされるから「これが人間の本性なのかもな」と思って、いたたまれない気持ちになります。
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