昔、お父ちゃんを手伝って、
町に魚を売りに行ったんだ。
終わった後に、アイス買って貰って、
一緒に食べるのが楽しみで。
違う味のアイスを二つ買って、
はんぶんこして食べたんだ…。
何処にも行く当ての無い男。
救いの無い家を身体で支える女。
誰しも幸せを儚く夢に描く。
男にとってそれは山で働く事。
彼の誇りであり、生きる証。
山の音を聞いて生きて来た。
今はその音が、毎夜彼を苛む。
女にとってそれは家を守ること。
どんな惨めな暮らしでも、
家族はここにしかいない。
大好きだった父の声が、
今では重くのしかかる冷たい石のよう。
お前がそんな女だから抱くんじゃない。
俺が初めてお前を見た時、
そこで、美しく咲いていたから。
不思議なもんでそれからはお前の事ばっか。
正直言って、こんな風に遭わなかったら、
一生お互い知らない者同士だっただろうな。
ずっと側にいられるかどうかわからない。
確かな保証なんて、何も無い。
現に、俺の両手には何も無い。
それでも、今はお前の側に寄り添う。
何も持たない俺の手は、お前に触れるだろう。
ごめんな、
俺ができる事なんて、
他に、何もないんだ。