渡邉ホマレ

猿の惑星:新世紀(ライジング)の渡邉ホマレのレビュー・感想・評価

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偉大なるシーザー3部作。
その第2章。

人類なんて、勝手に自滅する。

そんなキャッチコピーを付けたくなった大傑作、『猿の惑星』リ・ブート第1作目の前作。

恐るべき知性と共に、ある種の業を背負って生まれてしまった偉大なヒーロー「シーザー」の物語2作目は、猿が如何にして「争わねばならないのか」…同時にヒトは何故「争うのか」という構造的問題を問いかける…原罪を問うまたまた大傑作だ。

中でも白眉は、「シーザーの影」ともいうべき「コバ」の存在感。

少なくともヒトに愛された経験のあるシーザーとは真逆に、ヒトに対し憎悪と嫌悪のみを抱かざるを得ないコバは、前作におけるシーザーとはまた違った意味で不憫であり、哀しく、恐ろしい!

驚くべきはその知性。
猿の真似をする猿!……の真似をするヒト!
演じられたアクターの力量もサルことながら、あのシーンの中にコバの哀しさが凝縮されており思わず落涙。

そしてやはり、シーザー自身が禁じながら、不本意ながら遂にヒトとエイプとの「境界」を超えてしまう瞬間、エイプとヒトが完全に相容れぬものであると断じざるを得ない本作の結論は、次作にて繋げようと試みている1968年の「原典」へ向け、また一歩前進してしまう…やり切れぬ思いとともに、闇の奥へと消えゆくヒトビトの姿に、ある種の諦観をも覚えてしまう。

何しろ、シーザーは常に最高に偉大な「上司にしたいエイプナンバーワン」である事は揺るぎなく、全世界の経営者、政治家、そして家長は彼を見習うべきであると演説をかましたい程。しかしそんなシーザーでさえ、コバの中に渦巻く闇を取り払う事は叶わなかったワケで……。

コバが「恭順の意」を示す仕草の微妙な変化、彼に惹かれてしまうブルーアイズ、そして…と、2度3度見返す毎に、その構成の旨さに唸らされる。

道徳の教材にできそうな、皆で感想を言い合いたくなるような素晴らしい一本。

しかし次作は恐らく、シーザーの地獄巡りとなりそうな…どうか乗り越えてくれと期待したいと、そう願ってしまう。