クロ

セッションのクロのレビュー・感想・評価

セッション(2014年製作の映画)
4.2
鬼教官フレッチャーは生徒から最善の演奏を引き出すために、彼らを辱め、恫喝し、罵倒する。方便になるなら虚偽を弄すことも厭わない。絶望から這い上がって来るものが真の表現者足りうると盲信している。彼から伝わるのは「お前たちのうち一人でいい、一瞬でも輝き歴史に名を刻んで死ね。骨は私が拾おう」という思いだ。19才の青年ニーマンは不幸にもフレッチャーに見込まれ、野心に火を灯し音楽に身を賭してゆく。

教師と生徒はともすれば与えるものと受けるものという独善的な主従関係に陥ってしまう。私は、学科が何であれ教師の責務は、生徒が生きるための多様で柔軟な知恵と豊かな道を示すことだと思う。私には、フレッチャーが、音楽が持つ、愛、喜び、暖かさ、優しさ、ユーモア、哀しみ、それらが呼び起こす魂の昂揚を伝える姿を想像できない。彼の鉄の表情からは自分の名前を残せず過ぎ去ろうとする音楽家の我執が滲む。

ニーマンの最後の演奏は、絶望の底から這い上がろうとする未成熟な精神の、最早音楽ですらない無軌道なスタンドプレイだ。それがフレッチャーの心に穴を穿つ。彼らの間で束の間の笑いが交わされる。教えるものと教えられるものとが等しくある。ニーマンにとってこのプレイはフレッチャーと音楽への決別ともなるだろう。そう感じた時、不覚にも涙が止まらなかった。
クロ

クロ