サマセット7

モアナと伝説の海のサマセット7のレビュー・感想・評価

モアナと伝説の海(2016年製作の映画)
4.0
ウォルトディズニーアニメーションスタジオによる56番目の映画作品。
監督は「リトルマーメイド」「アラジン」のジョン・マスカーとロン・クレメンツのコンビ。

[あらすじ]
平和な南の島モトゥヌイ島にて、幼い頃に海から不思議な石を授かった村長の娘モオナは、遠海に憧れつつ、島の戒律により珊瑚礁より先に漕ぎ出せずにいた。
ある時、島の周りで魚が獲れなくなり、島は危機に直面する。
祖母から伝えられた伝承から、大昔、半神マウイが女神テ・フィティの心を盗んだこと、それが現在の危機の原因であること、そして、自分が授かった石こそが、テ・フィティの心であることを知ったモアナは、半神マウイを探し出し、共にテ・フィティの心を返すため、伝説の海に漕ぎ出す!!!

[情報]
2016年公開のディズニー映画。
アナ雪、ベイマックス、ズートピアの次の作品であり、三作同様に3Dアニメーションが用いられている。

1989年のリトルマーメイドと1992年のアラジンで、ディズニー・ルネッサンスを立ち上げたロン・クレメンスとジョン・マスカーは、2009年公開のプリンセスと魔法のキスで、再びディズニーアニメを現代的にアップデートしてみせた。
そのコンビが再び取り組んだ作品が、今作MOANAである。

プリンセスと魔法のキスは、アメリカ・ニューオーリンズを舞台に、初のアフリカ系のディズニー・プリンセスが主人公という、かなり革新的な作品だった。
同作を呼び水に、ラプンツェルやアナ雪といった、ディズニーのヒット作品が生み出されることになった。

今作の舞台は、南太平洋の島々。
監督の2人は、フィジー、タヒチ、サモアといった島々(ニュージーランドの北ないし北東にある)に取材に行き、現地の風物を参照したという。

その結果、今作には、白人をはじめ、南太平洋の現地の民族以外の人間のキャラクターが出てこない、という、従来のディズニー映画では考えられない構成となっている。
白人でなくとも、王族でなくとも、全ての人類が、ディズニー映画の主人公になれる!という、プリンセスと魔法のキスから一貫したヴィジョンがあるように思われる。

主人公モアナの英語版声優は、オーディションで選ばれた、16歳のハワイ出身アウリイ・カルバーリョ。
日本語版はこちらも抜擢デビューの屋比久知奈。
半神マウイの英語版声優は、ロック様ことドウェイン・ジョンソン(ワイルドスピード等)!
日本語版は、歌舞伎役者の尾上松也。

今作は、1億5000万ドルの予算で製作され、世界興収6億8000万ドルを超えるヒットとなった。
一定の好評を得て、アカデミー賞では2部門ノミネート。
特に批評家から広く支持を集めているようである。

[見どころ
王道の冒険活劇!!!
わかりやすく、面白い!!!
伝統的なディズニー・ミュージカルの楽しさも承継!「どこまでも」は名曲!!!
こだわりの海と空の美しい映像!!!
取材の労が伺える、南太平洋の文化風俗!
全身に刺青の入った、変幻自在でゴリゴリのムキムキマッチョマンという、斬新なディズニー・ヒーロー、半神マウイ!!!
「ディスコミュニケーションの克服」という、興味深いテーマ性!
恋愛を一切絡めない、というのも、ディズニーとしては斬新!!!


[感想]
楽しんだ!

ディズニー映画として、非常に挑戦的な作品のはずなのだが、ストーリーとしては非常にシンプルで、サクッと楽しめる。
第一幕が、モアナが「海」と祖母に導かれ、島から旅立つまで。
第二幕が、モアナが半神マウイと出会い、マウイに変身能力をもたらす神器、魔法の釣り針(人の身長ほど大きい)を取り戻すまで。
第三幕が、モアナとマウイが、女神の「心」を元の場所に戻すため、溶岩の魔神と対峙して、結末に至るまで。
目的も障害も、最初から明確なので、とてもわかりやすい。

モアナは、海そのものと不完全ながらコミュニケーションがとれる(海が気が向いた時のみ)、という特殊能力を持つものの、基本的に普通の若い女性である。
島のこと以外は何も知らず、操船技術もほぼないに等しい。
そんな彼女が、一つ一つ障害を乗り越えて、やがて伝説的な試練な挑む、という点に、カタルシスがある。
先祖のルーツを知り、旅立ちを決意する流れはとても爽快だ。
ディスコミュニケーションを乗り越え、マウイから操船技術を教えられる流れも、非常にアガるものがある。
これらの一つ一つのエピソードが、終盤に改めて回収されるのも丁寧で、さすがはディズニーと唸らされる。

今作の最も特徴的なキャラクターは、半神マウイであろう。
外観からして、樽のようなムキムキマッチョ。
全身イレズミで、イレズミの一部は動き回る。

かつては神の如き活躍で、人類に様々な恩恵を与えてきた男。
本人は、人類が皆自分に感謝しているものと思い込んでいる。
しかし、実際には、過去の栄光は忘れられ、女神の心を盗んだ盗人のように思われている、という、認識の不整合。
陽気で自信家な言動に隠された、辛い過去と、他者から認められたい、という本心。
そして、魔法の釣り針がなければ、他者から受け入れられない、という、不安定な自信の拠り所。

単純そうな見た目にかかわらず、複雑な内面を持った相手と、いかにコミュニケーションをとり、同じ目的を目指すのか?
この、モアナとマウイのコミュニケーションの問題こそが、今作の最大の試練である。

当初、半分神であるマウイは、モアナを自分のファンである人間の小娘くらいに思って、彼女の要請に全く聞く耳を持たない(船が手に入れば、それ以外のことに興味がない)。
今作は、モアナが、自分と異なる立場にいる相手(マウイ)のことを、理解し、共感し、自分を認めさせ、落とし所を探る旅なのだ。

そしてまた、今作は、モアナが、知らず知らず規定してしまっていた自分の限界を、突破していく旅でもある。
島から出ることは出来ない、という戒律。
溶岩の魔神を掻い潜るのは、半神のマウイでしかできない、という大前提。
果たして、その前提は、その限界は、絶対のものなのか???

モアナが乗り越えた先。
ラストはなかなか爽快だ。

全編、美しい海と空の風景が溢れている。
南の島に旅行に行ったような気分が味わえて、なかなか眼福である。

自らの意思で動く「海」をはじめ、珍妙な生物がたくさん出てくるのも、今作の魅力の一つだ。
豚、ニワトリ、ヤドカリ(蟹?)、人なのかどうなのかよくわからないココナッツの海賊、そして、溶岩の魔神。
特にニワトリのヘイヘイは、名前付きにも関わらず、一切知性を有しない、という、ディズニーの動物キャラクターとしても斬新すぎる能力値を持つ。

総じて、よく出来た冒険活劇!という感じ。
ディズニーの革新や多様性に関する政治的メッセージ云々といった七面倒くさい理屈で敬遠するのは勿体無い。
子供も含む万人にオススメの作品である。


[テーマ考]
今作は、他者との相互理解の難しさと素晴らしさを描いた作品、と読むことができる。

マウイの、感謝されてもいないのに、どういたしまして!!と宣う歌は、特徴的だ。
モアナの繰り返す、マウイに対して「我はモトゥヌイの村長の娘モアナ!半神マウイよ、共に船に乗れ!」という名乗りも、一方通行、という意味では、マウイとレベルが変わらない。

人にはそれぞれ事情がある。
どんな人でも、罪人も英雄も、有名人も一般人も、それぞれの人生を生きている。
そんな当たり前のことでも、自分の人生の重大問題に一生懸命な我々は、つい忘れがちだ。

重要なのは、相手の言葉に耳を傾けること。
相手の立場を想像すること。
相手の望みを理解して、自分の望みとの落とし所を探ること。
そして、言葉を積み重ねるのではなく、思いを行動で示すこと。

自分の望みを一方的に伝えるだけでは、待っているのは対立と紛争だけだ。

他者との断絶はときに、絶望的にも見えるが、諦めずに工夫を重ね、ついに信頼が芽生えた時の感動!その素晴らしさ!!

マウイはもちろんのこと、序盤の父親との対立、無知なニワトリのヘイヘイ、ラストのツイストも全て、このテーマに沿って理解することができるかもしれない。

なお、私は、今作の予告映像などから、視聴前は、「海」とモアナのコミュニケーションがメインの題材なのかな、なんなら、ポニョみたいな作品なのかな、と勝手に思っていた。
実際に見てみると、海はたしかに生き物のようにモアナとコミュニケーションをとる(こともある)のだが、基本的には不思議な現象止まりで、作品の幹は、あくまで、モアナとマウイの2人のコミュニケーションにあった、と思う。
ただ、モアナが終盤、ある理解に至った時の、「海」の反応に鑑みると、たしかにモアナと海のコミュニケーション、というのも、テーマに包摂されていたようにも思える。
間違いなく言えるのは、ポニョとは全然違う、ということだ。

メタ的には、今作をディズニー映画のアップデートの最前線を示す作品と見ることも可能である。

モアナとマウイは、一貫して恋愛関係にならない。
島に王家はなく、モアナはいわゆるプリンセスではない(似たようなものだ、というマウイのメタ的な発言がある)。
マウイは、いわゆるイケメンではない(ガチムチマッチョである)。
作中に白人が登場しない。
モアナは、常に物語の先頭を切って主体的で、困難に逡巡はするが、屈しない。
冒険の目的は明確だが、王子との結婚、ではなく、個人の幸せ、ですらない。
男と女、という対立軸も、基本的に存在しない。

これらは、白雪姫やシンデレラ、あるいは美女と野獣などに代表される、伝統的な、ディズニーのプリンセス・ストーリーと一線を画するものだ。
明らかに、プリンセスの魔法のキス以来、ディズニーは新たなフェーズに入り、その路線を推し進めている、と見ることができる。

[まとめ]
南太平洋の美しい海を舞台にした、ディズニー映画の最新アップデート版にして、王道冒険活劇アニメーションの快作。

好きなシーンは、マウイがモアナに櫂を渡すシーンだろうか。
航海術絡みの2人のやりとりは、ラストのマウイのセリフも含めて、伏線の回収という意味でもとても上手にまとめられている。