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ミス・シェパードをお手本にのemilyのレビュー・感想・評価

3.2
ロンドン・カンデム、黄色のおんぼろ車で路上で暮らすミス・シェパード。貧乏でも誇り高く生きており、周りの人たちの温かい気持ちも悪態ついて大きなお世話だと思っている。そんなある日路上から追い出されそうになり、作家のベネットは彼女を庭の一角に一時的においてあげることにする。しかし気が付いたら15年の日々が過ぎており、二人の間にも友情が芽生えていた。

汚くて、臭いまで漂ってきそうなミス・シェパード。しかし会話の隙間から、しぐさや表情の間から上品さと育ちの良さを感じさせ、ユーモアを持ち備えている。演じるのはマギー・スミスで、その成り切った演技の中に人生の重みがしっかりある。ベネットとの距離感、会話の隙間にするっと入っていくシェパードの賢さとスマートさに、ベネットと母親の関係性を交差させることで、彼の心情描写にも深みを与えている。

 劇中作家であるベネットは、生活する自分と、物語を描く自分が同じ空間におり、劇中物語が現実を上回り、そこに自分の希望や妄想がのり、さらには劇中劇が映画化されるという形をもって、何層にも物語が重なり立体感を放ち、現実の”私物語”の可能性を提示してくれる。

 彼女が路上生活にたどり着くには当然理由があり、それは冒頭の事故のシーンでほのめかし、終盤でしっかりその事実が明かされる。傍から見ればそれは哀れな遠回り人生であるだろう。しかし大事なのは自分を物語の中に置くのではなく、物語の中で自分を見出すことである。

事故はあくまできっかけに過ぎない。彼女は選んだ人生の物語に、しっかり自分の居場所を見つけ、それを楽しみ、誇りをもって生きてきたのが良くわかる。周りがどう思うかなんて関係ない。人生の枠組みだって関係ない。物語はなかなか変えることができないが、その中で自分がどう感じ、どうふるまうかは自分次第なのだ。大事なのは外観ではなく、内側だ。誇り高く芯が通っておりチャーミングなミス・シェパード。彼女が奏でるピアノの調べにはその人生の優しいぬくもりと愛が漂っている。その音色に彼女が生きてきた全てが詰まっているのだ。
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