厄介な事になった、最初はそう思った…。
薄暗く狭い店の中、日がな一日どら焼きを焼く男。
その口数は少なく、ひたすら機械のように。
どら焼きが好きな訳じゃない。
寧ろ、甘いものは昔から苦手だった。
酒が好きなんだ。人と話すのも好きだった。
好きなことがやりたくて、昔は居酒屋で働いてた。
俺にも、夢があったんだ。
母子家庭の少女。
まだ若い母は、母である前に、女である。
高校には、行きたいと思う。
それが当たり前だと皆言うから。
でも、私には見えない。
私の足元も、未来も、お母さんの想いも。
いっそ今すぐ鳥のように、
足元のない空へと飛び立てたなら。
二人の前にふと現れた奇妙な老婆。
時代遅れのどら焼き屋、ここで働きたいという。
彼女は人生の大半、餡を炊いて過ごした。
小豆の声に耳を澄ませ、木々や、流れる水を感じ、生ける過程の全てを慈しむように、自らの為せる業をただ為す。
嬉しい、嬉しい。
人の喜ぶ顔は、まるで明るい陽射しのよう。
皆、とても輝いていて、それぞれの帰る家や、その家の皆の笑顔、溢れる愛を感じられる。
少しでも、一瞬でもいい、それが叶うのなら、
どんな苦労だって苦労じゃない。
本当の真心に勝る物なんてない。
そこではみんな、自由なのよ。
誰だって。
三人には通底するものがある。
冷たいアパート、狭い店、知られざる施設。
皆がそれぞれに翼を絡みとられた鳥。
社会では、きっと彼らのことをよくも知らず「出来損ない」って、言うんだろう。
桜の花のようにほんの一瞬、人は眩しく花開く。
望むと望まざるにかかわらず、
人は生きて、誰かに伝える。
それは誰かにとって、掛け替えないものになるだろう。
それが何かを決めるのは己の心次第だ。
冒頭、桜の花弁が入ったどら焼きを笑う少女がいる。
構うものか。
混じり込むものを拒むな。
傷つく事を恐れるのは止めて、
暗い部屋を、狭い籠を出て、
堂々と明るい陽の射す場所を往こう。
季節は巡る。
俺には、まだ出来る。
私には、未来がある。