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恋人たちのninjiroのレビュー・感想・評価

恋人たち(2015年製作の映画)
4.5
「恋人たち」の想いが飛んで向って行く先には、
それを掴んで抱き締める誰かの胸は存在しない。

鬱屈した社会には、自ら緩やかな絶望を選んで生きる人で溢れている。
その日暮らしの生活、満たされない欲望、解消されないコンプレックス。
自分の身の回りを眺めては、堂々と罷り通ってゆく自分にとって不条理な理屈ばかりが目に付き、何かを恨んで、自分を責めて、そのうちに丁寧に他人の思いを汲むことすらバカバカしくなって。
大それたことなんて考えていない、ただ少しだけ分かって欲しい、
そんな想いはいつも空回りして、投げ続けても誰にも気付かれず、どこにも届かない。
いつしか言葉にできないその胸の内を明かして人に届けることを止め、遂には人から投げ掛けられる想いを受け取ることも止めて。
一度諦めて、苦笑いでやり過ごす手軽さに慣れてしまえば、あとはひたすら諦め続けて、今日一日や明日への想いを鉛色に染めるだけ。
無為のまま過ごす日々の生活は、一向に良くなる兆しを見せない。
ただ日々取り返す術もないまま時間は通り過ぎ、大切だった「あの時」が遠い過去になっていくのを、胸を焦がしながら見過ごすことしかできない。
時間が戻らないなら、いっそ記憶から消えて無くなってくれればと願っても、それは深く打ち込まれた杭のようにいつまでも留まり、遠ざかれば遠ざかるほど脆い心を激しく引き裂く。
その痛みの本質は抱える本人以外、誰にも理解できない。
そして残るのは絶望的な孤独。


じんわり、仄かに希望が滲む時がある。
それはとても曖昧だけど確かな優しさ。
そのサインはいつもの街角に、向かい合わせの机の向こうに、無機質な店のカウンターに、ストレスを満載して軋み走る列車の中に、誰も話す人のいない電話越しに、いつでもどこにでも転がっている。
それは気付かなければただ通り過ぎていくだけの、ほんの小さなつまらないもの。
いつになったら気付くのか、自分と同じく想いが交差するのを待ち続ける人に。
誰か、気付いてくれるだろうか、いつか、私たちは気付くのだろうか、
ほんのささやかで取るに足らない私たちの存在に、ほんの些細なつまらないきっかけに。

すぐに何かが変わることなんてない。
少しずつ、自分から変わっていけたら、
少しずつ、すぐ近くのこの人を愛せたら。

報われない現実をただ嫌う毎日に慣れてしまわないで、
嘘をつかないで、目を伏せないで、口を閉ざさないで、
そこから逃げずに、しっかり両足で地面を踏みしめて、
ちゃんと話そう。
ちゃんと愛そう。
ちゃんと待っていてくれる。
ちゃんと居場所「なんて」ある。

私たちはいつでも自分で選んでここにいる。
ならばそこに留まり続けるか否か、
それだって、自分が決めることだ。
生まれ変わることはできなくても、
大丈夫、少しずつなら動き出せる。

大きく息を吸い込んで、背伸びして、
右を見て、左を見て、前をみて、
空を見上げて。
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