けーはち

独裁者と小さな孫のけーはちのレビュー・感想・評価

独裁者と小さな孫(2014年製作の映画)
4.3
架空の国の独裁者と幼い孫の逃亡のロードムービー。

★調べずに観に行ったので、第一印象は、「何語でしゃべってんの?」という感じだった。聞き覚えない言語。風景や音楽で東欧っぽいな~とは思ったんだけど。

★これはどうやら「ジョージア語」だったようだ。「ジョージア」とは旧ソ連の一部、グルジアのこと。「缶コーヒー?」とか言わないで(恥ずかしながら、私も思った)。「グルジア」はロシア風の読み方だから、「ジョージア」という英風の読み方に変えたのだという話(日本では今年4月から)。「昔の旦那の名前で呼ばないで。アイツとは別れたの!」という訳。

★このジョージアというのは、歴史的にも、今なおロシアとトルコに挟まれ、有事に戦場になる国だ。本作のモフセン・マフマルバフ監督は、イラン出身、15歳で反体制戦線に身を投じ、17歳で投獄。その後革命で釈放、映画監督になった。なんと正真正銘ガチの政治犯にして革命闘士の少年兵!──ざっくり言うとこの映画は、ヤバい国のヤバかった人がヤバい国で撮った映画である(ざっくりすぎ)。

★事前知識がなくても、当然、画面から見えるモノホンのリアリティと、映画的手腕によるソリッド感は雄弁に語る。独裁者が孫に権力の何たるかを示すため街中に電話一本で消灯・点灯を命じていると、一転、命令に応答しなくなり、やがて暗闇の中で発砲音。親族の国外逃亡。そして、幹部や軍、護衛に見捨てられた老独裁者と孫だけの孤立無援な逃避行が始まる。孫には「ゲーム」と嘘をつきながら。

★独裁者の前に、次々と目を覆いたくなる現実が襲いかかる。貧困、暴力、略奪、陵辱。政治犯の苦痛と絶望。それゆえに、自ら死を選ぶ者もいる。独裁者はそれが自分の執ってきた暴政の結果だったとしても、無邪気な孫には凄惨な光景を見せたくはないし、孫だけでも何とかして助けたい。孫の前では彼は一人のおじいちゃんなのだから。

★この独裁者は、そも一代で国家を成した男だけあって、悪政云々はさておき魅力的な人物である。旅芸人に扮しギター一本で場を乗り切る器用な技もある。暴徒と化した軍や民衆の側の方が無秩序で、復讐に燃え、凶悪で醜くすら見える。それでも民衆はその首に縄をかけ引きずり出そうとする。彼らは、いったいどう処されるのか。この「ゲーム」の終わりは……。

★国も人物にも名前がついておらず、多分に寓話的であるが、この映画は明らかにアラブの春から今に続く混乱を告発していると思われる。ただ、絵的にアラブには見えないようにして、グローバルにメッセージを投げかけている。独裁者への憎悪と復讐心で戦った革命勢力がどういう末路を辿っていくのか。それに身を投じた監督が撮っているのだと思えば、一段と説得力がある。それを抜きに、数奇な運命を辿る老人と少年の物語と見たとしても、十分に重く冷たく、のしかかるような怪作映画であった。