独裁者と小さな孫の作品情報・感想・評価

「独裁者と小さな孫」に投稿された感想・評価

さつき

さつきの感想・評価

4.0

このレビューはネタバレを含みます


独裁政権があとに残したものこそ
いつか孫に託したかったものの正体。

このレビューはネタバレを含みます

神のことを考えた。
創造主というものが存在するとして、彼は人間を生み出した。その人間が、神のことで争っている。
これは、創造主の計画通りだろうか?
彼は、人間同士の醜い争いを見る。お互いに相手を罵り、相手を殺し、自らの正しさを主張する。それは、彼が作ったこの世界で起きている。
これは、創造主の計画通りだろうか?
もしこの人間同士の争いが、創造主の計画に無いものであったなら、創造主には予想もつかなかった出来事であったなら、
彼は人間同士の争いを見て、一体何を思うだろうか?

『「大統領だと分かるとどうして殺されるの?」
「敵だからだ」
「大統領は嫌われてるの?」』

独裁者は一瞬で、大統領からただの祖父へと変わった。そして、大統領だった頃とはまるで違う“現実”を見る。

生活の糧もほとんどないままなんとかその日を生き延びている床屋
検問を敷いて通行人から荷物を奪い、花嫁を犯す反乱軍
政治犯として逮捕され、革命によって釈放された男の憐れな末路

それは、大統領だった男には、存在しない“現実”だった。

『大統領の持つ力の意味を教えてやろう。見ろ、街が光り輝いているだろう。電話一本で、明かりをすべて消すことが出来る』

将来の後継者である孫に向かって、大統領はそう囁く。アイスをねだっていた幼い孫は、受話器越しに「明かりを消せ」と命令することで笑顔になる。

彼には、逃亡の意味が分かっていただろうか?

『もう大統領と呼ぶな』
『二日も経てば、マリアのことは忘れる』

かつて宮殿で、自分のおじいちゃんを“大統領”と呼ぶように教育を受けた孫。そして宮殿でいつも一緒に遊んでいたマリアと離れ離れにならなければならなかった孫。彼には、“大統領”と逃げることの意味が、分かっていただろうか?

『もうこんなゲーム、嫌だよ』

僕らは普段、価値観の激変を経験することは少ない。日常の中で日常に沿って生きていれば、価値観の激変にさらされることはほとんどない。

僕の経験の中から近いものを探すとすれば、9.11のテロと、3.11の震災だ。どちらも、自分の中の何かが静かに溶けて消えていくような、少しずつ朽ち果てて崩壊していくような、そんな不安定感を覚えた。しかしそれは、やはりテレビの向こうの出来事であり、自分のいる場所からの距離は遠かった。激変、と呼べるものではなく、静かに変化がもたらされるような感覚だった。

かつて、あるアイドル歌手が自殺した後、後追い自殺する若者が続出した。僕には彼らの気持ちは理解できないが、アイドル歌手の自殺が価値観の激変を意味していたのだろう、ということは理解できる。麻原彰晃が逮捕された時のオウム真理教信者や、ノストラダムスの大予言を信じていた人たちも、似たような激変を感じたに違いない。

たぶん僕には、その価値観の激変が自分にどう変化をもたらすか、体感できる日は来ないと思う。何故なら僕は、その価値観の激変を、常に恐れているからである。だから、物事になるべく深入りしないようにしている。常に片足は、元の居場所に残したままにしている。新しい世界が崩壊しても、元の世界にすぐに戻れるように気をつけている。

大統領は、いつかこの独裁が終わるものだと想定していただろうか?恐らくしていないだろう。していれば、逃亡に際してあれほど苦労することはなかったはずだ。

『カネを貸してくれ。政権を取り戻したら、1000倍にして返す』

政権を取り戻す可能性を信じていた大統領は、いつその希望を手放しただろうか?

『この哀れな男にどうか手を貸してくれ。孫を預かって欲しい』

もし孫を連れていなかったとしたら、大統領の行動に何か違いはあっただろうか?

大統領は、旅芸人や政治犯のフリをしながら、盗んだギターをかき鳴らす。宮殿の屋上から街の明かりを眺めていたのと同じ目で、あっさりと人が死んでいく、寂れた貧しいこの国の現実を、静かに見つめている。


革命の予感を感じて家族を国外に逃がした大統領。大統領と離れたくなかった孫と共に宮殿へと向かう途中、異変に気づく。

『独裁者には死を』

かつて街中に、そして家中に貼られていた大統領の肖像画が、燃やされている。そこここで暴動が起きている。護衛の命令に背き、公用車の進路を塞ぐ。国外へと脱出しようとする大統領一行を待ち受けていたのは、先ほど家族を送り出す時に盛大に曲を演奏していた楽器隊。彼らは、楽器の代わりに銃を持ち、大統領に盾をつく。
陸路で逃げるしかなくなった彼ら。孫が用を足している間に残っていた護衛が逃走し、大統領と孫だけになった。衣服を奪い、髪を剃り、奪ったギターで旅芸人のフリをしながら、荒野のような大地を逃げ続ける。
「あの大統領のせいで」
「見つけたら殺してやる」
そんな声を常に耳にしながら。

冒頭からしばらくの間は、価値観の激変を描き出し行く。大統領と孫にとっての現実が一気に変わるのだ。自分で尻を洗ったことのない二人は、ボロボロの服を着て、身を潜めながら逃避行を続ける。
その逃避行の最中に見たのは、この国の本当の現実だ。
大統領の現実は、その意味を伴いながら一気に襲い掛かる。大統領は、それぞれの場面でどう思っていたか、口にすることはない。それらはすべて観客に委ねられているが、僕は大統領が、「意外なものを見た」と思っているという風に受け取った。大統領にとっては、きらびやかな宮殿と最上で安定した生活は当たり前のものだった。どれぐらい独裁を続けたのかそれは分からないが、大地があれほどにやせ細るほどだとすれば相当な期間だっただろう。革命によって政権が奪われた後に大統領が見た現実は、恐らく、彼にとっては存在しない、あるはずのない光景だったに違いない。

しかし、これも僕の受け取り方だが、大統領はその現実を受け入れるようになっていく。それを一番強く感じた瞬間は、息子夫婦の死の真相を知った瞬間の振る舞いだ。彼が、自業自得だと感じていたかどうか、それは分からない。あくまでも、独裁を敷いていた自分の行いとは切り離してその現実を受け入れていたかもしれない(人間はあまりにも大きすぎる負担には耐えられないだろうから、そういう認知上の作為を無意識のようにやっていた可能性はあると思う)。しかし、この現実がまさにリアルなのだということを、大統領は少しずつ受け入れていく。

しかし、孫にとってはそうではない。
大統領は孫に、これはゲームだと伝える。孫はそれを信じたいと思っただろう。会えなくなってしまったマリアに会いたいから、あの宮殿にまた帰りたいから、大統領のゲームだという言葉を信じたいと思っただろう。
孫は、満たされた生活からの激変にも、そこまで戸惑いを表さないように僕には見えた。感情が高ぶる瞬間はあるが、全体的に、まだ年端もいかない年齢の少年にしては穏やかな有り様だった。しかしそれはきっと、これは現実ではない、と思い込めたからだろう。この薄汚い悲惨な生活は、近いうちに終わるはずだと信じていられたからだろう。

これはゲームではない。孫がそう悟った瞬間があったとすれば、あの場面だ。泣きそうな顔で、何も言ってくれない大統領を見上げていたあの瞬間だろう。あの時の孫の目は、大統領に何を訴えていただろうか。

あの、歪んだ顔で自分を見上げる孫を見て、大統領は何を思っただろう。

物語の後半で、一つの問いが提示される。

『復讐から始まった民主化に、どんな意味があるんだ』

革命が成し遂げられ、大統領が追われていることを知った人々は、大統領だった男の目の前で、大統領の処遇について話をする。(目の前にいるはずがないと思っている)大統領をただ罵倒するだけの者、見つけたら絶対に殺してやると言う者。大半はそうした負の感情に任せた感情を発露する。

『あの男と同じ人間になりたいのか?そりゃあ俺だって痛めつけたいさ。でも、痛めつけた者は、必ず復讐されるんだ』

しかし、大統領の処遇に対して、多数派に意見する者もいる。独裁政権を暴力で打ち倒したとすれば、民主化はまた遠のく。復讐の連鎖は、どこかで切らなければいけない。パリのテロの時にも、この問いは議論された。正解は、個々人で違う。だから未だに、テロがなくならない。

『そんな生き方をするなら、そもそも娼婦になんかなってない』

僕が強く感じたのは、この映画の中の現実を生きなければならないとしても、自分を見失わずに生きていたい、ということだ。集団の狂気や革命の反動なんかに踊らされずに、それまでの自分の生き方を曲げずに生きていたい。そういう国民がどれだけいるかが、国の豊かさを決めるのではないか。娼婦の生き様を見て、僕はそんなことを考えた。
Ayaka

Ayakaの感想・評価

4.1
亡命途中の元独裁者と孫のお話。

孫といる時のお爺ちゃん(独裁者)があまりにも普通のお爺ちゃんで悪いやつっていうのは分かってるのに、どうにかならないかなって思わずにはいられなかった。
けどしっかり独裁者として傍若無人に女子供問わず虐殺してたシーンは胸糞でした。
多くの罪なき国民を処刑してきた
冷酷な大統領が支配する独裁国家で
クーデターが勃発。大統領は幼い孫と
逃避行を余儀なくされ、変装で素性を
隠して海を目指す。その道中で憎しみと
暴力の連鎖を目の当たりにし、自らの
罪深さを思い知る。

負の連鎖。
憎しみを断ち切るのは難しいだろうな
考えさせられました。
魅入ってしまいました。
独裁者であり逃亡者という立ち位置で
内戦中の人々の心境や境遇を見事に描いてます。
渡月橋

渡月橋の感想・評価

4.8
最後の浜辺のシーンからずっと号泣。
「踊らせろ」と言った政治犯の思想が尊すぎる。けど結局斧は振り落とされたんじゃないか。民衆が納得するとは思えない。それに独裁者が幸せな結末を迎えられるとは思えない。
せめて孫は幸せになって欲しい。憎しみの連鎖を断ち切って欲しい。
やりきれない出来事が多すぎる。革命が起こっても沢山の人が死んで、虐げられ、辛い思いをして、民主化ってそんな思いをしないと手に入れられないものか。ていうか、この国はこんな状態で民主化できるのか。こんなに軍人が傍若無人にしてるのを見ると結局新たな軍事政権が生まれるだけじゃないのか。とにかく、花嫁とか売春婦とか小さな子供とかが虐げられ、殺されるシーンが辛かった。
孫はめちゃめちゃかわいい。天使。だからこそ悲しさが増すね。
きしの

きしのの感想・評価

3.9
孫が可愛すぎて開いちゃいけない扉が開いちゃいそうでした。

憎しみを断ち切るってそうとう難しいよね。
重い…

割と緩やかなシーンも多々あるが、背景はゲキ重。ていうか見ていて戸惑う。
誰にも感情移入出来るが、画面外から見ていると全員にモヤっとさせられる。
それこそ狙いだと思うし、コレが有るからこそのラストはグッと来る。

残虐なシーンが多々あり、子供がたくさん出てくるしタイトルにもあるが祖父と孫にスポットが当たっているので、割とどのシーンもひやひやする。子供が死んでるシーン程悲惨な物はないなぁ…と改めて感じる。出来れば見たくない。メッセージ性の強い映画なのでこういうのは必要だと思うけど。

個人的に一番テンションがという意味ではなく演出的に盛り上がったシーンは政治犯の自殺。ずーっと顔のアップだけで期待から絶望自殺と表裏一体なあのシーンは良かった。めちゃくちゃ心苦しいけど痛いほど彼の感情が伝わる。
画面外からの声や音なども多くそれが普通であると生々しさを感じる。

あとは趣味ではあるが政治犯たちと陛下が円状に座って酒を回すタバコを回す。カメラも回る。あのシーンはカッコいいね。本当に画面しか見なければの話ではあるけど。皮肉が効果的で良かった。

ギターにもだいぶ救われた。悲惨なシーンの連続だけれども強奪したギターで歌を奏でて子供が踊るってだけで全体がキュッと見易くなる様に感じる。悲しいメロディではなく楽しくなる様なメロディだし。秀逸な構成だった。

割とありきたりというか今でこそ当たり前なメッセージ性かもしれないが、映像としてみると理解度が桁違い。
見れて良かった。
負の連鎖

ジョージアの俳優ミシャ・ゴミアシュヴィリが演じる、名もない国の年老いた独裁者に関するもの。彼の政権の残虐行為に対して、クーデターが起こる。大統領に甘やかされて育った妻と娘は国から逃げるが、大統領は孫を残していた。 大統領は常に、この少年に対して愛情を抱いており、それは、彼自身の地位と甘やかされた政権が形になったものでもある。
逃げるにあたっては、ぼろぼろの服とギターを盗み、老人と子供は変装し、抑圧された人々の間で生活を余儀なくされる。 彼らの報奨金は上昇し、軍隊による発見と拷問による死を恐れる日々が続く…

独裁政治の果てとクーデターの杜撰さを学ぶことができる道徳番組

映画は、「アラブの春」の状況、抑圧者と抑圧された悪者と善人の対比だけでなく、さまざまな利害、分裂、 イデオロギーについても対比している。 映画では、イラクとシリアから影響を受けているように感じます。
シリアスな内容なのに重過ぎない演出。とはいえ、途中で何度ハラハラしたことか。そして、無慈悲に殺されたり死んだりする人々の姿を、残酷なシーン見せずに音や声だけで表現するのが、余計に痛々しく感じさせる。
孫が可愛く、その孫を守りながら逃げる大統領に感情移入しつつも、国民たちの気持ちも分かるので、複雑な気持ちで観ていた。そしてラストも胸がグッとなり、その後実際にあの国はどうなったのか、色々と想像を巡らせてしまった。
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