浅井拓馬TakumaAsai

エイリアン:コヴェナントの浅井拓馬TakumaAsaiのネタバレレビュー・内容・結末

エイリアン:コヴェナント(2017年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

前作の結果を受けてリドリー監督の構想よりも早めてエイリアンを登場させたシリーズ2作目。
当時語っていた監督の構想からするともっとゆったりと作品数を重ねてエイリアンは登場したと思うのですが世間評を敏感に察知して可能な範囲修正する辺りが流石ヒットメイカー。
かつそのチューニングのお陰で余計な要素が削げたのか、狙い全体がシンプルかつクリアに可視化された印象で僕は前作の消化不良感の多くも今作で解消されかなり満足しました。

今回はなんといってもデイヴィッド!
前作でも魅力の多くを担っていた彼ですが本作は完全に独壇場となり冒頭いきなり『ブレードランナー』と同じショットを持ってくる振り切りっぷり。
使役される存在からの開放を果たすためエンジニア一族も想いを寄せたショウをも皆殺しにし彼の悲願であるクリエイションの権利を勝ち取り、この階級闘争との戦いの主導権をついに握った孤独のその果てで生み出されたのがあのエイリアンのプロトタイプだ、という経緯はぐるっと回ってなんともいえない味わいをもたらしてくれます。
誰もいない惑星でひとり彼が作り出した「美しい生命」とはひたすら殺戮を繰り返す、まるでひとりぼっちを望んだ彼の姿と重なって結果的に彼もまた自らの欲望によって生みの親同様歪んでしまい(シェリーの作をバイロン卿と間違えるあたりが力を求めることに必死になった彼がすっかり哀れんでいた存在と同じところまで堕ちてしまった悲しさ)、
何処にも行き場のない存在になってしまった。

前作で示唆されたエイリアン誕生に人類も一枚噛んでるっぽいという要素はキャラクターのもつ豊かな広がりを箱庭的に狭めてしまうという点で若干気にかかる部分でしたが、今作はそこをさらに追い詰めて私たちの持つしょーもなさだから宇宙のどこかで殺戮マシーンが生まれたわけ、と容赦ない監督のユーモアとペーソスが炸裂していて僕はもう最高だな!ってなりました。

ただ本作いいとこばかりかというとすごい残念なところもあって、そこが一応ウリのひとつのエイリアン周りの描写なんですよね...
監督ももうあのキャラクターでできることは出尽くしたと語っている通りゼノモーフの演出はなんか人任せな感じというか、色んな「こういうのが嬉しいんでしょ?」的なつるべ打ちでなんとか逃げ切ろうって感じが強く感じられて、肝心の悪魔の恐ろしさが、軽い...とここはかなりガッカリしました。誕生シーンはもう、映画史に残るレベルで素晴らしいんですが、、、でも!

ここにも希望を見出すとすればそれは続編で果たされるかと思うんですが、今作のエイリアン(ゼノモーフ)、所謂『エイリアン』に登場したH・R・ギーガーがデザインしたバイオメカノイドの形でなく、人体模型のような完全有機体の作りなんですね。
これは明確な意図を持ってデザインされたことが明らかになっているので本作のエイリアンは厳密にはまだ我々の知るエイリアンに至ってない!んです。(故にプロトモーフと呼ばれたりしてる)
アンドロイドのデイヴィッドがエイリアンを創造中で最後にはバイオメカノイドになる...
もうこれだけで先の展開見えると思いますが、こんなの絶対見たいじゃないですか!!!
というわけでどうなるかわからないリドリー・スコットが引き続き関わるエイリアンシリーズですが、どうにかこのプロメテウスシリーズは終着駅までたどり着いてほしいところです。
デイヴィッドの夢を完遂させてあげて...