アラサーちゃん

山の音のアラサーちゃんのレビュー・感想・評価

山の音(1954年製作の映画)
3.5
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〖山の音〗
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傑作なのでほんとおすすめです。

なんと言っても原作は川端康成。『雪国』か『伊豆の踊子』しか知らないんだけど、これも有名な作品みたい。

主役の中年サラリーマン。同じ会社に勤める美男の息子は、戦時中に心を病んでおかしくなり、よそに女を作る。心の拠り所を求める嫁は男を慕い、男はその若くていたいけな嫁を不憫に思い、世話をする。

たとえば〖となりのトトロ〗みたいな、戦後間もない田舎ののどかな風景が、家族という普遍的なテーマでありながら侘しさの募るストーリーに、深みを持たせてくれる。
原作に比べ、戦後の退廃した空気や、男女についてはわりとライトに描かれている。主人公は元々妻の姉に恋慕していたり、若い嫁にその義姉を重ねて想いを寄せたりするが、そういう邪さが全くなくてドロドロが苦手な私にはとても見やすかった。

山中聡演じる主人公は、わかりやすく言えば、とにかくいい人。
時代的に亭主関白な面もありますが、一家の大黒柱としての威厳であって、変に威張り散らしたり、指図したりしない、今の時代の私たちにしてみれば、いいお父さんっていうか『いい先生』という感じ。
山中聡はなんだかイメージが違ってびっくり。すごく似合っていた。

そんな彼が原節子演じる嫁の菊子に過度に入れ込むのは、原作では後ろめたい仄かな恋心を抱くから。でも、映画ではその様子はなく、かと言って息子の不貞に対する詫びとしてでもなく、心から菊子を救ってやりたいという素直な愛憐の気持ちのように描かれる。

一方の、上原謙(加山雄三の父親)演じる息子が氷のように冷たくて、やっていることや考え方は腹立たしくて仕方ないのだけど、とにかく美しくかっこいいのでこういう役はどうしても似合ってしまう。
もちろん可哀想な役には、慎み深い女性像の原節子がなんとも似合う。

淡々と進む物語だが、確かに感じる菊子の決意や主人公の哀愁。小津映画にも通ずる、『家族』と『老い』を切り取る中で、主人公が最後に語った郷愁(信州)、それに対する思い入れだったり、能面のくだり(主人公はその美しい能面を菊子に被せると、菊子は冷えきった旦那との関係に心悩ませる日々をこらえ切れずに、能面の下から静かに涙をこぼすという場面があるらしい)(それってすごく美しいシーンじゃない?)が原作どおりに描かれなかったっていうのは少し残念だ。

その代わりと言ってはなんだけど、印象的だったシーンは、義両親と世間話をしていた菊子が、何気なく『修一と心中するなら、遺書は書くかい?』と聞いた主人公に対して言葉に詰まり、ハラハラと涙をこぼすシーン。
このあとに明かされる、菊子の腹を括るような決断を知ると、この時の菊子の涙が切なくて仕方がない。

原作との違いにやいのやいの言ったけど、どうもこの時代は小説の映画化についてのやり取りが違うらしく、どうも原作が出版される前にこの映画が公開されたそうな。変な話だよね。

とはいえ、成瀬巳喜男の作品はちょっと観るのに一瞬抵抗あるんだけど、とても良い作品だった、観やすくて。