アラサーちゃん

フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊のアラサーちゃんのレビュー・感想・評価

3.8
相変わらずの可愛らしい世界観。洋は字幕派だけど、スクリーンに映し出される動くアートを目で追っていると、ついうっかり字幕を読み飛ばしてしまう。要注意。

物語の舞台は「フレンチ・ディスパッチ」という架空の新聞雑誌の編集部。ビル・マーレイ演じるちょっぴりへんてこな編集長を筆頭に、一癖も二癖もあるような編集者たちが粒ぞろい。
普段と変わらない毎日がはじまると思われた「フレンチ・ディスパッチ」誌の編集部に起こった非日常。それは、編集長の予期せぬ死であった。個性的な編集部の面々は、この小男の突然の不幸が、我らが「フレンチ・ディスパッチ」誌の終焉であることを悟っていた。

さて、そこで何が描かれるかというと、編集部での平和な日常だとか、ジャーナリズムをたっぷり含んだ大事件の取材風景とか、そんな野暮なものじゃない。そんなところでウェス・アンダーソンの世界観は塞がらない。

物語として広がっていくのは、「フレンチ・ディスパッチ」の誌面だった。モノクロで書き起こされた味気のない活字たちが、編集者たちの巧みな文章力によって命を宿し、テンポ良く、色鮮やかに、スクリーンのなかで踊り、歌い出していくのだ!

この発想というか、着眼点というか、なんかもうすごすぎて恐ろしい。感嘆のため息のほかにもう言葉が出てこない。

うまく言えないんだけど、たとえば、薄汚れた文庫本のページをめくると、その本の世界観が広がりますよね。でもそれって(ソフトの面では作者による文章力によるけれど、ハードの面として)無味無臭の活字が現実としてそこに印刷されているだけじゃないですか。
それがね、突然、むくむくと膨らんで起き上がってくるような感じなの。まるで、空気を入れこまれた風船みたいに。小説の実写化とは違う。リアリティ溢れるドキュメンタリーとも違う。飛び出す絵本を開くように広がる映画のなかの世界観に、それがどんなに抽象的で難解だろうと、ホラのように現実離れしていようと、あっというまに引き込まれてしまう。

正直に言って、オーウェン・ウィルソンの無駄遣いのようなオマケの前章話から、第一章、第二章、第三章と観ていて感銘を受ける点はひとつも見当たらないのだけれど、それでも観てこれだけ「楽しかった!」「満足した!」って言えるのってすごいと思います。


そういえば、冒頭のウェイターが編集部まで運んでいくシーン。みんな大好きユロ伯父さんのオマージュそのものでしたね。ちょっと興奮した!
ゴーストタウンのように静まり返った街が、排水溝から水が溢れ返ってくるのを皮切りに、朝がはじまり、人々が動き出していくからくり時計みたいなシーンも、どことなくジャック・タチ風な気がする。

以前、アンダーソンが熱愛する映画が33挙げられていて、いくつか私が好きなものもあったり、やっぱりゴダールなんだなあと感じたりしたのですが(第二章に出てくるヘルメット姿のリナ・クードリは快活そうで、「勝手にしやがれ」のパトリシアをどこか彷彿とさせる)、そのなかにジャック・タチ作品もあったんだよね。
アンダーソンは映像美にどうしてもフューチャーされがちだけど、やっぱりそういう古き良き時代のスラップスティックな面白さが散りばめられているのが魅力だなと思う。だからこそわざとらしいコメディリリーフではなく、主要キャストとしてのビル・マーレイなんかが活きてくるわけで。

とはいえ、本当に改めて豪華キャスト勢ぞろい。群像劇かと思うほど。公式の「めまいがするほど贅沢な豪華キャスト」という触れ込みにあっぱれです。だってその通りだもの。
アンダーソンの映画のなかにぴったりはめ込まれる安定のキャストから、新しい顔ぶれまでさまざま。個人的には、ウィレム・デフォーやシアーシャ・ローナン、リーヴ・シュレイバーがオマケみたいに出演していた第三章のキャスト、好きでした。