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リリーのすべてのpanpieのレビュー・感想・評価

リリーのすべて(2015年製作の映画)
4.5
ずっと観るのを先延ばしにしていた今作。
実はエディ・レッドメインが苦手だった。
そんな事を吹き飛ばす観るべき映画だった。


冒頭のデンマークのヴァイレの沼地。
暗く鬱蒼とした美しい風景。
風で揺れ生い茂る葦。
枝ぶりが奇妙で美しい木。
雲の隙間から陽の光が差すフィヨルドの風景。
全てが暗くそして美しい。
まるで絵画のよう。

アイナーの個展風景。
彼の描く故郷ヴァイレの沼地の風景。
細く伸びた等間隔の独特な木。
彼の本物の絵を見たくて調べて見た。
残念ながら彼の絵は見ることが出来なかったが妻のゲルダがリリーを描いた絵を見ることが出来た。

1926年コペンハーゲン。
劇中でゲルダの描いているバレリーナ?の絵のモデルのウラが来れなくなり締切に間に合わない為アイナーにストッキングを履かせたのが彼自身の隠れていたた女性部分を刺激したらしい。
ここのエディ・レッドメインは素晴らしい演技をする。
ドレスの裾も描きたいというゲルダの希望でドレスは着ないが合わせてみる時の恍惚とした表情と目つき、指先の演技。
リリーが目覚めた瞬間。

必死に緊張しているフリをしているアイナーに対してゲルダは度の過ぎた要求をする。
アイナーに女装させようとするのだ。

服や靴、かつらを選び、丁寧に化粧を施して行く。
リリーの誕生だ。
この時はまだ女性の服は着せずにスカーフだけ纏わせゲルダはリリーを描く。
アイナーは表情から動作、指先まで女性らしい。
ポーズとっている姿はまるで女性だ。

いよいよ舞踏会の日。
化粧をしてかつらをかぶりドレスに身を包んだエディ・レッドメインは女性にしか見えなかった!
恥ずかしそうにうつむき上目遣いで視線を送られたら男達はドキドキしている。
この衣装がとても素敵。
首から肩の線がとても綺麗。
エディ・レッドメインは男性にしたら華奢で顔つきがそもそも男性らしからぬ風貌なのでこれはエディの本当の姿かと思ってしまう程だ。
舞踏会で出会ったヘンリク・サンダールからキスされ恍惚となるアイナーというよりリリー。
それを物陰から見てしまうゲルダ。
リリーの誕生だが二人の苦悩の始まりだった。

翌日。
しらばっくれてリリーは楽しかった?と聞くアイナー。
でも絵を描きながら心は昨日に彷徨っている。
ゲルダはキスの説明を求め激しく詰め寄る。
リリーは存在しない!
あれはゲームだったと!
ショックを隠せないがでも何かが変わったとアイナー。
もうやめてとゲルダ。

アイナーは次第に体調を崩して行く。
彼の頭の中にあったヴァイレの風景を思い出せなくなるアイナー。
今までこの風景を描き続けられたのは彼の中のリリーを抑圧していたからだ。
でももうリリーが表に出始め出たがっていて逆にアイナーが隠れて行く。
もうヴァイレは描けない。
思い出せない。
もうアイナーではいられない。

しかしゲルダもリリーに魅せられて行く。
アイナーを失いそうなのにリリーに出会った事で溢れる創作意欲を抑えきれずひたすらリリーを描く。
それは同時に男と女としての夫婦の関係に戻れない事を意味していた。
皮肉にもゲルダはリリーを描いた絵で評価され認められパトロンも付き売れっ子画家として有名になって行く。
リリーは内緒でヘンリクとの逢瀬に溺れて行くがヘンリクがリリーをアイナーとして愛していた事が分かり驚愕して絵も描けず家に籠る様になっていく。

アイナーは体の異常だと思い色々な医者にかかる。
当時は精神分裂病と診断されてそのまま拘束されかねかったはずだ。
クローゼットに鍵をかけて妄想を助長させるのをやめろとゲルダは医者の一人から言われる。
医者にかかっても直せないのだ。
だって病気ではないのだから。

アイナーの不調とは裏腹に絵が売れてパリで個展を開く事になったゲルダ。
医者からアイナーは性的倒錯だと手紙が来て二人は逃げる様にパリへ向かう。

時折差し込まれる街並みの映像が本当に美しい。

ゲルダが助けてと手を差し伸べるアイナーの幼馴染のハンス。
ロシアの大統領プーチンにそっくり!笑
ハンスへの恋心を思い出しリリーの姿で自宅で待つアイナー。
ゲルダは夫としてのアイナーを求めアイナーはもうリリーから戻れない。
二人の溝は深くなって行く。
ゲルダを想うハンスへの気持ちに揺れるゲルダがとても可哀想で涙が出た。

リリーは暴漢に襲われハンスに助けられこう呟く。
毎朝今日こそは一日中アイナーでいようと誓う。
時々アイナーを殺したいと思う。
でも出来ない。
リリーも殺す事だから。

「私は女だと思う」というリリーにやっと出会ったヴァルネクロス教授から「あなたは正しい」と言われ手術によって体も心も完全な女性になれると聞く。
まだ誰もやったことのない手術。
死の危険も顧みず笑みさえ浮かべアイナーは承諾する。
ゲルダが付いて行くと言うとそれを断りアイナーを消しに行くからだめだというアイナー。
彼の死ぬかもしれない危険をおかしてでも望んだ手術。
実際およそ1年に5度にも及ぶ手術に耐え抜き体はボロボロだったはずだがリリーは幸せだったに違いない。
術後の痛みに堪えきれず泣き喚くリリーがモルヒネを使う所は痛々しかった。

初めての術後リリーは香水売り場で働いていた。
他の売り子達と並んでいても全く男性には見えず違和感がない。
凄い!びっくりだ!
この完璧な役作りの後エディ・レッドメインは男性に戻れたのだろうかと見ていて心配した。
それ程完璧な女性を演じていた。
女の私より全然女らしく役作りに頭が下がった。

アイナーがリリーになっても献身的に支えたゲルダ役のアリシア・ヴィキャンデル。
この辛い役どころを見事に演じていた。
リリーに目覚めてしまってからのゲルダを思うと胸が締め付けられる。
やはり女性に感情移入してしまう。
夫だった人がだんだん女性化して行くことは想像できない程辛すぎる。
自分のしたい様にリリーは生きていくけど何もできず彼を止めることのできず逆に寄り添って彼から離れられないゲルダの苦悩を思うとやりきれない。
エディ・レッドメインも凄い役者だった。
他の作品も観てみないと!
避けてたなんてなんと失礼だったか!
ごめんなさい。m(_ _)m
二人の全裸すらいとわない演技は圧巻だった。
素晴らしかった。

多くのレビューに登場した「わたしはロランス」とトランスジェンダーを扱っていて被るけれど時代設定のせいか実話のせいか私には比較の対象にはならなかった。
「わたしはロランス」よりも徐々に女性化していく様が丁寧に描かれていて自然だったと思う。


リリーの死後彼の故郷ヴァイレに赴きゲルダは本物のヴァイレの風景を目にする。
イントロで映し出されたヴァイレの風景。
風の強いフィヨルドの風景をバックにアイナーから以前にプレゼントされたストールがゲルダの首から離れ踊りながら彼方へと飛んで行く。
風に舞い踊るストールは自由になったアイナーを象徴しているかの様に彷徨い行きたい所へと自由に飛んでやがて遠くへ消えて行く。

エンディングに流れる美しいメロディに乗せてアイナーの日記が元になり1933年「Man into Woman」が出版され彼女の勇気が今日のトランスジェンダー運動を鼓舞し続けているで終わる。
ラストまで私は今作が実話が元になっているとは知らなかった。

アイナー・ヴェイナー。
1889年生まれ、デンマークの画家・イラストレーター。
1930~1931年世界初の性別適合手術を5回に渡って受けた人物。
手術後リリー・エルベと改名。

リリーは最期は幸せだったに違いない。
ゲルダはアイナーを愛していたがきっとリリーも愛していたに違いない。
切なかった。
観終わって暫く経つがわたしの心を占めていた。
映像がどこを取っても絵画なように美しくて何度観たか分からない程観てしまった。
美しく悲しい愛の物語だった。
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