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ともしびのpanpieのネタバレレビュー・内容・結末

ともしび(2017年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

美容室に行く時間を遅くして本当は「グリーンブック」の2回目を観に行きたかった(まだレビューしてません。(>人<;))のだけど残念ながら時間が合わず美容室に近いからと今作をチョイスした。
しかしとんでもない映画だった。
空いた時間で気軽に観る映画ではなく、今はずっしり重い気持ちを抱えて帰路に着いている。

「さざなみ」も凄い映画だったが今作はもっと辛辣だった。
夫の元カノどころではない、夫が子供への性的虐待?で収監された設定だった。
はじめはそれが分からず、はっきりと性的虐待とも出てこなくて、私達はドキュメンタリーの様に淡々とただ観せられていくだけ。
全く説明がない。
会話という会話はほとんどなく、演じるシャーロット・ランプリングの表情でのみかすかに心情を読み取っていくだけ。
彼女の演技は演技とも思えず、圧倒的だった。

魚のメイン料理が夫婦の最後の晩餐だった。
何の罪で収監されたかは描かれていない夫をアンナは拘置所?へ送り届ける。
まるで病院へ付き添うかの様にあまりにも落ち着いていて、そこが腑に落ちなかったのだけど、もしかしたらタンスの後ろであれを発見するまで本気で夫の無実を信じていたのだろう。
人になんと思われようがそれを心の拠り所にして離れていても心が繋がっていて、夫の潔白を信じ、無実が証明されるのをひたすら願って待っていたのだろう。
天井のシミを修繕する為に普段は絶対に動かさない筈の重いタンスをずらして、あれはそこにひっそりと隠されていた。
何十年も見つからず、夫はさぞかしほくそ笑んでいた事だろう。
バレるはずがない、と。
上の階で風呂で遊んでいた子供がお湯を溢れさせ階下のアンナの部屋の天井にシミを作った事も神の啓示かもしれない。
悪い事は出来ないという事かもしれない。

「次はいつ来る?」
何も知らない夫は悪びれもせず聞いた。
その問いには答えずアンナは夫の目をじっと見つめ、タンスの後ろで封筒を見つけた事を告げる。
動揺した夫は一瞬固まり、さよならも言わず慌ててその場を立ち去る。
アンナはもう二度と夫に会いに行かないだろう。
いや、もしかしたら私の時間を返してとばかりネチネチやりに行くかもしれない。

腑に落ちないのはもう一つあった。
息子の態度だ。
父が収監されたとしても電話に出ないどころか母には「もう会いに来るな」と取りつく島もなく追い返すのだ。
孫は久し振りに会った祖母に抱きついてきて、誕生会に来てくれた事を喜んでいたのに。
もしかしたらこの孫が夫の被害者?と思ってしまった。
いや、息子自身が幼少期に被害者だったら?
そしたら辻褄が合ってしまう。
母は夫の所業を全く知らない事は考えにくく、その場面に出くわさないまでも薄々感づいていたのかもしれない。
感づいていたのに何も手を打たなかったのかもしれない。
だからあんなに激しく拒絶するのではないか?
だとしたら本当に辛い。
気付かないふりを装ってアンナは家庭内の平和を保とうとしたのかもしれない。

不思議なのは他でアンナが罵倒されず拒絶されない事だ。
この考えは日本人的なのかもしれない。
不思議だけど外国では日本の様に寄ってたかって非難したりしないのかもしれない。
冒頭でいきなり始まった奇声を上げるアンナは演劇か何かのセミナー?講義?を受けていたが、そこの面々は親しすぎなかったまでも家で一緒にセリフを練習する仲間もいたし、アンナは全く拒絶されず受け入れられていた様に見えた。
普段感情を表に出さないアンナはここで大声を出す事により心に溜まったものを吐き出して発散していたと思う。
しかしあれを見つけてから皆の前で演技が出来なくなってしまった。
そこの演技も丁寧でアンナの気持ちが理解できた。
あの後長い階段を降りていくアンナを後ろからずっと撮っている所も長くて階段から落ちるのではと想像してドキドキした。
地下鉄を待っている時間も長くていつ飛び込んでしまうかとドキドキしたがそれもなかった。
でも彼女は飛び込まなかった。
ラストで地下鉄内で以前黒人ダンサーがつかまって踊っていた中央のポールにつかまりうつむくアンナはこれから人生を生き直すというのか。
私にはただ死ねなかったと絶望している様にしか見えず、今日は死ねなかったけどいつかはまた飛び込んでしまうかもしれない。
私にはアンナが何もなくなってここから這い上がり生き直す様には受け止められなかった。

私はアンナを非難するつもりはない。
夫が犯した犯罪によって息子や孫を傷つけ見て見ないふりをした事は非難に値すると思うが、アンナが平和な家庭を保つ為良き妻を演じようとした事は妻として私にも理解できる。
家庭内で誰もが言いたい事を言ってやりたい事をやっていたら誰かがそれを見て見ぬふりして治める事もあると思う。
そうでなければ突き詰めて逃げられなくなりやがて離婚に至るのだと思う。
外国人は日本人と違って事が起こると簡単に離婚している様に思っていたが、アンナの様にじっと耐え忍ぶ外国人女性もいるんだと驚いた程だ。
言いたい事言い合って相性的に上手くいく夫婦もいるとは思うが、連れ添っている歳月が長ければ長いほど目をつむる事も多く、それが家庭の安泰を産むのもよく分かる。
それだけに私には今作はホラーだった。

もしもアンナの様な事が自分の身に降りかかったら?
70歳を過ぎてまだ続いて行くその先の人生をアンナの様に生きていくのは想像するだけで恐ろしい。
かろうじて地下鉄に飛び込まなかった事で生き長らえたアンナはどの様にして起死回生をはかるのか。
岸に打ち上げられた瀕死のクジラの如くそこから巻き返すアンナを想像して明るい未来ではないかもしれないが本当の自分に戻り大声で言いたい事を言って時には泣き時には笑いながら細々とでいいから自分の為に必死で生きてもらいたいと思った。
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