開明獣

画家モリゾ、マネの描いた美女 名画に隠された秘密の開明獣のレビュー・感想・評価

5.0
「ある数奇な画家の運命」を鑑賞したら影響を受けて再掲。芸術の秋など、らしくもないが。

「もし彼女の描いた作品がこの世から消滅したならば、美術史に空白、欠落を間違いなく残すであろう、唯一の女性画家である」

アイルランドの詩人、ジョージ・ムーアがベルト・モリゾの死後にモリゾを称えた言葉。

ロンドンのサマセットハウスは、昔は税務署だった。その由緒ある建物に、印象派の名だたるコレクションが一堂に会する美術館、コートールドコレクションはある。エドゥアール・マネの最後の作品、かの有名な「フォリー・ベルジュールのバー」はここに収蔵されている。アンニュイな面持ちでこちらを見ている女性バーテンダーの表情が秀逸で、見るものを飽きさせない傑作だ。マネは女性の表情を活写し描き出すのが絶妙にうまかった。

そのマネに師事し、モデルとして最も多く描かれたのが、印象派の女流画家、ベルト・モリゾ、この映画の主人公である。マネの描いたモリゾは、克己心の強い知的な女性として描かれている。印象派の導師的存在として敬われながらも、自らは印象派に距離を置いていたマネ。彼の絵は、印象派という枠に囚われぬ、唯一無二のエドゥアール・マネという存在だった。

モリゾはそんなマネに惹かれていく。19世紀の終わり、まだ父権中心の封建的な家族性が主流の社会で、妻帯者であったマネとの恋など許されるはずもなく、また、女性が絵を描くことすら、あまり公には認めがたい風潮の中で、モリゾは画家として、女性として葛藤し、苦悩する。

実はモリゾの全盛期は、この映画に描かれている時代の後にやってくる。モリゾはエドゥアールの弟、ウジェーヌと結婚、ジュリーという娘を授かる。そのしあわせな結婚生活の中で、モリゾは自由闊達な筆致で家族を中心とした作品を発表し、好評を博していく。結婚前は、作品にマネの影を抱え苦悩していたモリゾは、結婚後はモネ、ドガ、ルノワール、あるいは詩人のマラルメらと親しく交わり、憑き物が落ちたように印象派の大家として花開いていく。

パリのパッシーという高級住宅街の一角にひっそりと佇むマルモッタン美術館。クロード・モネのあまりにも有名な、「印象・日の出」や「睡蓮」を所蔵する瀟洒な美術館だが、そこでもっとも心魅かれたのは、上階に展示されていた、ベルト・モリゾの一連の作品だった。一見、ルノワールを思わせる筆致だが、それよりも儚く、淡く、優しい画風は何よりも彼女の家族を描く時の暖かさを見るものにもたらしてくれる。

54歳という若さで亡くなったモリゾの最後の言葉は、最愛の娘の名前、「ジュリー」だった。孤高のマネは人生の一場面を切り出して描き出す達人だった。だが、マネには出来ないことをモリゾは描き出すことに成功した。それは、家族への愛だと言っても過言ではないだろう。

映画としてはそれほど優れた作品ではないかもしれない。モリゾの人生の一端を、ともすればフェミニズム的な視点からしか描いてないこともマイナスであろう。だが、私がもっとも敬愛する画家の一人、ベルト・モリゾという画家を世に知らしめてくれたことに感謝して高評価をつけてみた。

黒き衣装の似合う、焔を瞳に宿した、女流画家の先駆者、ベルト・モリゾ。機会があれば、彼女の作品に是非触れてみてほしい。
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