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最愛の子のninjiroのレビュー・感想・評価

最愛の子(2014年製作の映画)
4.0
大都会深セン市、目に見えて貧しい下町の営みの風景、複雑に絡み合った膨大な本数の電気配線と格闘する男。
ここに目印を付けておいた筈だ、と配線を一つ一つ手繰ってゆくが見付からず、その先では目印である小さな赤い紐が、誰にも知られぬまま静かに解け、落ちる。
印象的にして秀逸なオープニングである。

中国の広大な国土のなかに暮らす膨大な数の人々とそれぞれの暮らし、
そのそれぞれの都合によりそれぞれに抱え、単純利害のみならず複雑に絡まり合う問題。
それは貧困や性差による格差と暗黙の差別、歪んだ人口抑制策そのものの矛盾、その矛盾を遠因として産まれる犯罪や人心の乱れ、当たり前のように日々起こる児童誘拐・人身売買、その犯罪の膨大な件数のため都度後手に廻り機能を成さない官憲、それらに翻弄され為すすべのない善良な人々。

表層を眺めても核となる部分までは理解できなかった正にカオスのような社会問題。
しかしそれぞれの問題一つ一つの構成分子たる人々のありのまま姿と切実な心模様を精細に描き込むことにより、これを観る人の目前に問題の全体像とその根深さを曇りなくクリアに浮かび上がらせ、突きつける。
そこに明らかにされるのはどこまで行けどももがけども続く暗澹と救いの無い現実。

これは真実の物語である。

「最愛の子」とはなんと皮肉なタイトルか。
本来我が子に向ける愛には序列など無いはずだ。
しかしここで「Dearest」、「最も」という最上級が使われることにより、布かれた制度や社会の産んだ歪みにより選択の余地なく「たった一人」のみを愛するということを言外に強制させられた人々の苛烈な葛藤と怨嗟の叫びが内包される。
たった一人の息子を奪い返す為に苦闘するティエン。
たった一人の息子の為に無理な養子縁組を決意するジュアン。
残されたたった一つの希望を取り戻すため文字通りその身を切るホンチン。
自分たちの活動が産んだたった一つの希望を取り囲む「取り戻す会」のメンバー達。
そして、たった一人を「最愛の子」とする苦渋の決断を迫られるハン。

誰もがそれぞれ「最愛の子」を中心に救いの無い現実の中で汗と涙でドロドロになりながら、必死で頼りない我が身の心の奥に揺らめく炎を絶やすまいと生きる。
大人達は自身の都合により、時に他者を追い詰め追い落とす。そこに子どもの心を思い遣る気持ちが無い訳ではない。寧ろ全ては、自身のフィルターを通した子の幸せの為、紛れもなく子を思う親の愛である。またそれは反面、親としてあった自身のアイデンティティを支える最後の砦でもある。
そして彼らの切実な思いも虚しく、その心がその想いが、千々に引き裂かれる様を我々は目撃する。

なんとも苦しく、救いのない物語。

彼らがこの先歩む道程で、更に現実が孕む様々な問題と向き合い、その困難はどこまでも付きまとうだろう。
しかしその向こうにあるのはただ荒涼とした絶望の風景だけではない。
無垢なる命、その瞳には、いつでもまだ見ぬ希望が宿っているのだ。
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