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この世界の片隅にのyunumataのレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
4.5
思っていたイメージと違った。想像していたよりずっと、はち切れそうなくらい情熱的な映画だった。
描写はわりと淡々と、けれど内なる炎は激しく……みたいな映画だと勝手に信じて観に行ったけれど、その気迫と情熱をまったく隠せていなかったところがこの映画のすごくよい所だし、愚直だなと共感できる場所だった。「平静に語っていられるか!」的な切実さが、見る人に、セリフでも情景でもなく届けているものがあったというか……。見終えるころ、たぶん誰しもが嫌味なく自然と涙すると思うけれど、別に嬉しいわけでも、ほっとしたわけでも、ましてや悲しいわけでもなく、というかきっかけのシーンすらなく、その理由がまるでつかめない。そこが規格外の映画だと思う。本当に何なんだろう? すごかったよ!!
『この世界の片隅に』というタイトルは、たぶん、ひとつの謙遜なんだと思う。劇中の人物たちがすずに、「君だけは普通でいてくれ」と何度も語り掛ける。けれど本当は誰もが、こんなにも願う「普通」を上手に生きることがまるでできない。世界はまるくて、自分こそが世界の中心で、隅っこなんかない。寄りかかる場所がないから、いつまでも安心できない、誰も自分の居場所を差し出してはくれない。だから本当は「普通」というものが、これほどまでにも工夫と努力と信念と、そして意地とユーモアで積み上げなければならないことを、『この世界の片隅に』は取り乱してるくらいの切実さで描いていると思う。なんかもう、叫んでいるくらいの声量だった。もっとスマートに作ってもよかったはずなのに!そこが本当にすごい。しびれてしまった……。
一方で気になる点もあって、特に最初の30分はシーンもセリフも物量がものすごく、原作読んでる僕でもけっこう置いてかれそうになってしまった。その全部が後半のために必要な箇所なんだけど……。ダイアローグもモノローグも過剰ぎみで、原作をもっと切ってもいいんじゃないか、と思える場所は結構あった。「もう一度見たくなる映画」というのはまさにその通りなんだけれど、単に一度見ただけでは消化しきれないくらい演出も物語も詰め込まれているということなので、そこは評価が分かれる場所かもしれない。ファーストシーンから涙がこぼれます、という感じではまったくないです。ついていくのがやっとというか……。だけど後半は、気が付いたら泣いているよ。これもけっこう保障できるよ。本当に何なんだろうな、これは……。
原作でイラストとして表現されていた箇所が、映画でもイラストになっていたのは、演出上の必然性はあるけれど、片淵演出でガッツリ観て見たかったという気持ちは残る。上映前にコトリンゴ(声があのまんまでステキだった!)のミニライブがあったんだけれど、披露されたEDテーマ「たんぽぽ」の最初のワンフレーズから涙が出てきちゃって、おいおい映画が始まる前だぞ僕!と思ったら壇上の片淵監督もめっちゃ泣いてたので何かすてきな気持ちになりました。
公開直前にアメリカ大統領選挙があって、これからの未来が心配でちょっと日常に支障がでてたりしたら、公園に行く感覚で、この映画を観に行くといいと思います。嬉しい事ではないけれど、この世界とこの映画が、公開と同時に繋がってしまった気がします。

試写会(2016.11)
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