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この世界の片隅にのpanpieのレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
5.0
劇場で見逃しずっとレンタルを待っていたらいつも行っている映画館で上映される事が分かり朝9:30〜でしたが観て来ました。


アニメーションが優しい色使いで柔らかいです。
すんなり心に入って来ました。
のんちゃんの声がすずさんの声にぴったりでした。


すずさんの生家は広島で海苔作りを生業にしていて幼かったすずさんも手を冷たくしながら手伝うのです。
昔の人はとにかく働き者ですずさんも小さいのによく働きます。
すずさんはおっとりとしていて絵を描くのがとても大好き。
そしてとても上手。
ある時幼なじみでガキ大将の哲の代わりに描いた絵が入賞してしまったエピソードがある程。
絵は鉛筆で描くからすずさんの鉛筆はすぐに小さくなってしまって今だったらたった鉛筆一本だけど当時は貴重品で普通の暮らしでは簡単に買えるものじゃなかったのかもしれません。
あのガキ大将はすずさんに鉛筆をあげたのは当時やはり二人は思い合っていたのでしょうか、少なくとも哲の方はすずさんを好きだったのは間違いないですけど。
戦時中は親の決めた相手と結婚しなければならずそこに何の疑問もなくそう言うものなのだと思っていたんですね。
今じゃとても考えられませんが。
でもすずさんを見初めて結婚の申し込みに来た呉市の北条周作の所へ18歳のすずさんは親の言いつけ通りお嫁に行くのです。

お嫁に行ったら足の悪いお義母さんと優しそうなお義父さんと4人暮らしが始まります。
そこへ義姉の黒村径子が子供を連れて出戻って来ます。
お義姉さんはおっとりしているすずさんにイライラするのか事あるごとに冷たく当たりますがお義姉さんの娘の晴美ちゃんはすずさんに懐いて江波から嫁いだすずさんにとって晴美ちゃんは小さいけどお友達?話し相手といったところでしょうか。
呉市に嫁いで来たすずさんには友達もなく晴美ちゃんは心許せる数少ない貴重な1人でした。

呉市は戦時中は〝海軍の町〟と呼ばれていた程海軍基地で栄えた町だったそうです。
軍事基地や工場がたくさんあった広島に新型爆弾であった原子爆弾を落とされますがその時すずさんは辛い時期で実家へ帰ろうと荷造りしていた時に山を越えた広島市に激しく明るい光が一瞬強烈に光るのを見るのです。
その後窓ガラスが割れそうな突然の爆風に襲われ呉市は投下地点よりも離れていたにも関わらず何かとてつもない事が起きたと分かるのです。
すずさんは実家が心配で思いを馳せますが近所の人の噂話を通りがかりに聞いてしまいます。

戦争前から当たり前だけど食べる事生きる事に一生懸命でそこに少しずつ戦争がこの時代に生きている様に観ている私が体験している様にじわーっと忍び込んで来ます。
戦争ってやはり一般国民には空襲などで実感するよりも前に食糧難で始まるんだ。

戦争前の暮らしの大変さを知り驚かされました。
料理をする前に水を汲んでくるところからしなければならないしガス台もないから火を起こすのも薪をくべてからじゃないとご飯も炊けない。
食料も今みたく買って冷蔵庫に保存も出来ないし当たり前だけどレンジもないからいちいち何でも一から始めなければ簡単に食べる事も出来なくて…
だんだん戦時中になって配給品が減り道端の野草を摘んでご飯のおかずにするのには驚いたしその手間がかかる事が当たり前の時代だったからなのか人間同士の繋がりも関わり合いも今より濃くて助け合っていて何もかもが面倒でそしてあたたかく感じました。

ガキ大将だった水原哲が入湯上陸の時にすずさんに会う為に北条家にやって来る所は胸が震えました。
哲とすずの気持ちを慮って周作は夫でありながら離れに哲の寝床を用意した上ですずさんを積もる話があるだろうからと行かせるのです。
周作の気持ちが痛い程分かったすずさんはそんな周作に腹を立てるけど強引に言い寄って来る哲に何で夫がいるのにこんな事をするのかと腹を立てる。
あの時哲を兵隊さんだからと受け入れていたらすずさんの事もこの映画の事も嫌いになって途中で投げ出してしまったかもしれません。

闇市の帰りに迷子になってしまったすずさんに帰り道を親切に教えてくれたリンとの出会いも忘れられないシーンでした。
リンがどう言う女性なのか私には暫く分からなかったのですけどリンが「こんな所には来ない方がいい」というセリフからもしやと思いました。
戦時中各国に従軍慰安婦がいた事を思い出し呉市にもと言うか日本にもそんな所かあったのかと正直驚きました。
遊郭とは武士の時代にあったものだと思っていましたのでこの時代にもあった事はお恥ずかしい事ですが知らなくてとても驚きました。

晴美ちゃんの事は本当に本当に可哀想でした。
すずさんも大怪我してあの時の事を回想するシーンに泣きました。
右手で晴美ちゃんと手を繋いでいたのが悪かったんだって。
左手で手を繋いでいたら晴美ちゃんは死なずにすんだのにって。
代わりに私が死ねばよかったのにって。
すずさんの呟きとも取れる心の声が凄くて寝ている部屋も色使いがこの時だけは汚く雑な線で描かれている。
すずさんの心の歪みが表れていました。
観ていて辛かったです。
その時一度だけ径子がすずさんに向かって「人殺し」と叫ぶのですか言ってはならない一言だったけれど径子の辛い気持ちもよく分かって悲しかったです。
その後の心がささくれて話もしなくなった2人が空襲の度に同じ防空壕で過ごすのです。
針のむしろですね。
すずさんが実家のある江波へ帰る日径子はすずさんに着脱しやすいように服を縫ってあげるのですがやっぱりここにいたいと泣くすずさんと径子のこのシーンも泣きました。
この頃空襲が日に何度も何度もあってはじめのうちはただ防空壕で過ごすだけだったのに日を追う毎に豪の中まで外に落ちた爆弾の衝撃で揺れたりするのは怖かったです。
この後原爆が落ちるのですけど。

周作に忘れ物を届けに行く時真っ白にお化粧して会いに行くすずさんだったり呉市の空襲が激化して空中戦の最中空を見上げて今絵の具があれば絵を描けるのにと思うすずさんだったり、この酷い時代にも一生懸命生きて行くすずさんの姿が可愛らしくもあり可哀想でもありました。
ただ一生懸命前を向いて生きて行こうとするすずさんの姿に涙が溢れました。

そして迎えた終戦の日。
玉音放送で戦争が終わった事を知り何処にもぶつけられない怒りを初めて露わにして号泣するすずさんと一緒に私も泣きました。
今迄頑張って来た事は何だったのだろう。
心が折れたのでしょう。

コトリンゴさんの音楽も歌声もとても今作にぴったりで暫く「哀しくてやりきれない」は頭の中で鳴り続けそうです。
この人は坂本龍一が見出したそうで挿入歌のピアノのイントロに坂本龍一を聴いた気がしました。
今度改めて聴いてみたいです。

こんな穏やかで痛烈な戦争映画を私は知りませんでした。
思い出しても涙が浮かんで来てしまいます。
残酷描写はないのに心に訴えかけて来る凄い映画でした。
今作はクラウドファンディングで制作資金を集めたそうですね。
知っていたら少しでも私も出資したかったです。
最近では珍しくDVDが欲しいと思った映画でした。
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