「湖畔の2年間」
冒頭、厳しい雪道を歩く老人の後ろ姿。寝床に眠り、目覚め、シャワーを浴び、飲み、森で作業をし、音楽を聴き、仕事をする。雲霄、小鳥の囀り、流れる雲、神秘的な山々、近代と原始の混ぜ合い。今、湖畔に暮らす初老の日常が映し出される…本作はベン・リヴァース監督が2011年に監督したイギリス映画で、この度初見したが素晴らしいモノクロ映像美と神秘的な山奥の原風景が私好みの作風だった。まず、音楽を担当したジェイク・ウィリアムズの自然に溶け込んだ音の協調が素晴らしい。それにリヴァースがプロデューサー、撮影もこなしているところを見るとかなりの渾身の力作であるようだ。
どうやらこの監督は非常に実験的な映画を撮るのが好きなようで、後に撮ったカラー映画「闇をはらう呪文」でも非常に実験的なエッセンスを入れている。これが、実験的映画作家のリヴァースによる最初の長編映画「Two Years At Sea」の様だ。
この作品はどうやらヴェネツィアに正式出品されているが、残念ながら国内ではソフト化がされていない。こんなに美しい映像なのだからBDでぜひとも発売してほしいものだ。そして多くの人に見て欲しい…。
本作は冒頭から冬化粧とした大地を映し出し、そこで1人の老人のバックショットを写す魅力的な始まり方をする。そしてカメラは電球を数秒間捉え、フェイドアウトする。そこから無言になり、翌朝、小鳥の囀りが聞こえる中、ベットに眠ている老人を固定ショットする。時計の秒針の音が聞こえ、彼は目を覚ます。彼は陽気に口笛を吹きながら、コーヒーを沸かし飲み始める。どうやら湖畔の森で暮らす初老の男性の生活をカメラは捉えているようだ。
続く、口笛を吹きながらトイレットペーパーを手に取り用を足す。そして彼は素っ裸になりシャワーを浴び始める。ここで彼が自給自足をしている模様が微かに見て取れる。そしてカメラは老人の後頭部をクローズアップしシャワーの描写を映し出す。続いて、カメラは大自然をロングショットで捉え、次に彼の住む家の周辺をカット割りする。そうして固定ショットで彼の家を捉えて、様々な道具をカメラに収める。
続いて、彼は森で木を切り、ロープ(近代的な道具を使い)を繋げて引っ張る。そうすると木はゆっくりと下へ曲がってゆく。そしてついに老人の横顔のクローズアップが数秒間流されて、また彼は口笛をしながらどこかへ去っていく。それを静かに眺めるカメラ、そしていくつかの山や森の自然をフレームインさせる。
続いて、老人は車の中に入りカセットテープを流し始める。中東音楽らしい音の中、彼は黙々と家の作業を行い始める。そして彼は手紙を段ボールに仕分けする。そして彼はそこでベッドを作り眠る。続いて、夜の山々の描写へ(この時も鳥のさえずりが聞こえてくる)。ゆらゆらと流れる曇天が小景と風韻の中で蠱惑的に映り込む…。
カメラは静かにこの虚空な早暁を観客に見せる。老人は目覚めて、外へ出る。そして空を眺め立ち止まり何かをしている様子だ(カメラは引き気味に彼を捉える為よくわからない)。そして、一瞬老人の写真が写し出され、奇妙な音楽が流れ、シークエンスが変わる(森の中へ)。老人は肩にリュックを背負い、只管歩いたり、地面に寝転んだりする。そして、カメラは大量の樹木をロングショットで映す(このショットはタルコフスキーの僕の村は戦場だったを彷仏とさせる厭世的な場面である)。
そして、老人は車を運転する。やがてカメラはまた彼の家の内部を撮り、彼の作業姿を音楽と共に捉える。続いて、彼は外で鍋に火を付け食事を作る。そして整えられた美しい田園を荷物を担ぎながら歩く(カメラは彼の荷物のアップや彼自身の表情を寄りで撮る)。そして川の流れの音が聞こえてくる。そして彼は一生懸命空気を入れて膨らませたボートのようなもので、湖畔を渡る。
それを静かに捉えるカメラ、水面が綺麗に円状に歪む水面が美しく捉えられている。それをひたすら長回しするカメラ、続いて彼はまた自宅に戻り作業をし始め、車に乗り荷物をトランクに詰め込みまた走る。この運動が繰り返されていく。そして彼は自宅で音楽を聴きながら眼鏡をかけ机に向かって一筆、物を書こうとする。
そして湖畔の季節は雪の時期になる。冒頭の冬景色の描写に変わり、森の木々には真っ白な雪が積もる。その中を初老の老人が口笛を吹きながら1人歩いて行く。そして、物語の展開は焚火の音とともに帰結していく…。
さぁ、雪が溶けたら何になる?それは水になる。だが、昔こう言った人がいる。雪が溶けたら何になる?雪が溶けたら春になる…と。
さて、物語は湖畔の森で暮らす初老の男の生活を綴る。そして、彼は湖の湖畔で自給自足をし、誰とも会話をせずにひたすら彼の時間を過ごす。それはボートに乗り、食事を作り、シャワーを浴び、そして眠る。その繰り返しが写し出されていく…と簡単に説明するとこんな感じで、この作品のラスト10分ぐらいに彼は1人じゃなかったって言う〇〇が登場する。
この作品、湖畔の森を舞台にしている分、小鳥の囀りが非常に強調されて聞こえてくるのだが、湖畔の水音のようなものが聞こえてくる。それと風景画がたくさんフレームインしてくるのだが、その1枚1枚が絵画のように美しく、特に流れる青空の雲を捉える全体像(山や森を含めた)の描写が美しい。
それに妙な楽器で奏でられる音楽の中、すごく実験的に捉えている森のシーンが出現してくる。それに湖畔をボートで浮くシークエンスの長回しはびっくりさせられる。いつになったらカットが変わるんだろうと思ってしまうほど、ひたすら動かないボートをただ捉えているだけ、こんな前衛的な作品(6、70年代に流行ったような)を21世紀に持ってくるこのアバンギャルドな野心が非常によろしい。
だが、この作品プロットも物語も何もないので、
コンセプトを理解して終わる…。だからこのような映画を嫌いな人は多分嫌いだと思う。だけど俺は説明が全くされない映画を好むので非常に好き…実際にこの作品は初老の主人公は一言も台詞を話さない(何か喋っているが、それは観客には何なのかわからない)。男は隠者として生きている様で、美しい田園地帯を歩いたり、眠りに落ちたりする平凡な一人暮らしをただ映している。
だが、時折映る家族?の古い写真が彼の謎の生い立ちのヒントになっているようにも感じる。実際に彼らに何が起こったのか、観客は何も知らされないまま見終わってしまうので、非常に不思議に思う。そう、この映画には全くの手がかりが無く、彼が選んだ人生なのか、はたまた彼にそうさせた何者かがいるのか、観客はわからないままなのである。
ただ、個人的に思うのは彼は船員で、スコットランドの荒野と森、湖畔で孤独な生活を送っている寂しい初老には見えないと言う事。劇中に他の人物が登場することもなければ、対話も無く、彼の日々の日課である洗濯、食事、料理、ドライブ、釣りなどに費やしている時間(アーミッシュのような生活)は文明から離れた存在価値をメッセージとして出しているようにも感じる。でも矛盾というか、文明が築き上げた便利な道具を目一杯使っているのを見ると、そんなこともないのかなと思ってしまう…がそこら辺の意図はよくわからない。
もしかしたら社会的疎外を訴えているのかもしれない…。自給自足または自然に戻るライフスタイルは、反社会的、反共同的、または文明前のものである必要はなく、誰も批判することができないものであると言うメッセージ性も見え隠れするように感じる。だから、主人公の生き方のリズムに聴衆を沈める自分がいた。
まさに社会を超えた生き方である。
あと彼が産業廃棄物を使用して単純なツールを構築する場面はモノ作りが好きな男性にとっては興味深いワンシーンだろう。この初老の俳優ジェイク・ウィリアムズは他にも監督の作品に出ているようで、その作品も見てみたいもんだ。
とりあえずこの作品は冒頭の出だしとラストの余韻がたまらない。