HicK

バービーのHicKのレビュー・感想・評価

バービー(2023年製作の映画)
4.6
《男女総ディスり&激励の人間讃歌》

【総括】
グレタ・ガーウィグ監督の「レディバード」も「わたしの若草物語」も、主人公の切り取り方が好きだったので公開前から楽しみにしてた作品。今回もセンスが光ってた。裏切らない監督の自己啓発展開。知らなかった抜群のコメディーセンス。皮肉で結ばれるバービー界と現実世界。「女vs男」に見えて実はそうでは無い多面的な世界観。「これって、こういう意味にもなる?」と考察できる面白さ。極端なフェミニズムを切り崩し、男女で対立し合う現実に毒つくエンターテイメント。

ただし、肝心な子供はたぶん置いてきぼりをくらう作品 笑。

以下ネタバレあり↓

































【自虐、皮肉のマシンガン】
よくマテル社がOKを出したなぁと思ってしまうほどのバービーに纏わるメタ的皮肉がこれでもかと。オモチャとしての自虐ネタ、バービーが与えた悪影響、マテル社の方針に関するものまで皮肉を入れてくる。さらに、男性に対する皮肉を披露すれば、同様に女性に対する皮肉を見せていたり、目に入るもの全てをディスっていくスタイル。毒盛り放題で笑える。

【リンクする2つの世界】
バービーたちに対する皮肉は、角度を変えれば現実世界への皮肉にもなっている。この2つの世界の繋ぎ合わせ方が秀逸。現実とリンクさせて考察する楽しさが全編にあった。共感できる場面や気付かされるセリフが随所に散りばめられ、ひとつひとつ覚えていられないほどの多さに「この監督は人生で感じた違和感を全てメモにとってるのか?」と思ったほど。皮肉で結ばれたバービー界と現実世界は、どちらもディストピアのような描かれ方だったのも印象的。

【女←→男】
バービー製品の"女尊男卑"の特性を上手く利用した展開。バービーランドは強い女性社会。しかし、見方を変えると、バービーたちは現実世界での男性社会に置き換える事もできるし、"付属品"でしかないケンの立場は女性の立場として解釈ができたりする。男性を皮肉ってるように見えて、実はそれは女性にも共通する事だったりも。後半では男女の立場が入れ替わり、異性の立場について"気づき"もあった。どちらかの目線に偏り過ぎず、フェアにディスった結果、行き過ぎると男女どっちもヤバいという両成敗。そこから浮き彫りになったのが『どちらが優位に立っても居心地が悪い。なのに双方が優劣を争うおかしな社会』という最大の皮肉。この辺、過激なフェミニズムに対するメッセージにもなってると思う。

【男性社会あるある】
男性社会のナルシシズム・見栄っ張りのオンパレードが笑えた。"ゴッドファーザー賞賛"もクリティカルヒット 笑。その裏でマッチョイズムは男性自身の首を締め、感情や意思表現を制限する原因にもなっているという側面も描かれてたのが印象的だった。あと、意図的かは分からないが「男性に任せておくと少しの歪みから戦争にまで発展してしまう」という意味合いも感じられる描写があり、なるほどと言った感じだった。

そして、やっぱりツボなのがマテル社の役員たちが全員男性なこと。架空だろうけど現実味もある。そのCEO曰く「私のお母さんは女性だから、私は女性差別者ではない」らしい 笑。「私はゲイの友達がいるからー」の比ではない爆発力。

【女性社会あるある】
バービーの持ち主が娘じゃなくお母さんってのも良かった。エモい。彼女の『女は主張すると嫌われる。男の理想通りでないと波風が立つ』っていう演説は長年言われ続けてる事だけど、改めて賛同。その演説での言語化によってバービーたちが目を覚ますが、現実も似ていると思う。洗脳された価値観は指摘され続けないと、それに疑問を持つ事が難しい。(ちなみにこれを見た後にクレヨンしんちゃんのフルCG映画を見たけど、「女性の書く字が汚いとガッカリする」と笑いをとっていたので、あまりのタイムリーさにゾッとした)。

【そして、アイデンティティ】
男女両成敗の中、性別による優劣が薄まった先で『"バービーとして/ケンとして"では無く"男として/女として"でも無く"あなた"がどう生きたいか』に近い結末を迎えたのは心地よかった。

生みの親、ルース・ハンドラーとの会話も神秘的で引き込まれた。『可能性・選択・自由、そしてリスク』という現実世界への言及。その後、バービーが現実世界に行くのは、かなり監督の野心を感じると言うか、とても驚いたが、『バービーが憧れる現実世界。何にでも挑戦ができる世界』という前向きな捉え方が伝わってきて、現実世界に住む者として背中を押された気もする。(この対話はファミリーエンタメでは無かった 笑)。

婦人科を受診するシーンはぶっ飛んだ(就職面接受けんのかと思った。サンダルで 笑)。自分の解釈は2つあって、「人間になるための彼女の選択」か「女性界の通過儀礼」。この最後でブチ込んでくる感じ、好き。

【ただ、】
一旦、観客を不快にさせる方向性は少しリスキーにも感じる。それに気を取られて真のメッセージを汲み取れない場合もあるかもしれない。また、バービー人形を愛してやまないファンが見たら「よくも愛するバービーをお前の思想表現に利用してくれたな!」と怒ってしまうような作品でもある気がする。「ディスり合い」×「子供たちに夢を与えるオモチャ」の相性は良いとはいない。もう一度言ってしまうが、よくマテル社がOK出したよなぁ。

【真・総括】
バービー界と現実世界、女と男、全てが鏡合わせになる世界観の構築がとても上手かった。その中で、男女どっちが優位でも心地悪いという両成敗、からの、無限の可能性の中で「あなたはどう生きるか」という個人のアイデンティティに帰結。最後には「人間っていいな」と憧れの眼差しが私たちの方に向く展開は、素晴らしい人間讃歌にも感じた。

過激なフェミニスト・マスキュリスト、男女双方の声に「お前ら、ウザくない?」と痛快にディスりまくり、しかし一方で、両者に優しく寄り添い背中を押す。男女共に叱咤激励の作品だった。

【ちなみに】
広報の謝罪の手段が残念すぎる。本当は多くの方の視野を広げるキッカケになって欲しかった。楽しみにしていたからこそガッカリが大きい。声を上げつつも、今作の公開に感謝し賞賛したい。
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