Fitzcarraldo

ノクターナル・アニマルズのFitzcarraldoのレビュー・感想・評価

ノクターナル・アニマルズ(2016年製作の映画)
5.0
ぶよぶよした己の脳にトム・フォードが構築した映像が固着して離れていかない。幾度も幾度も脳内再生を繰り返し尋常でない再生回数を積み重ねる。なんという映画を作ったのか…

ハイブランド志向からかけ離れた古着を愛する己としては、TOM FORDと言われても、メガネが割とカッチョイイくらいの薄っい情報しかなく監督デビュー作の“A Single Man”も、どうせお洒落の押し売り映画でしょ?!とたかをくくり結局見ず終い…。なんということだ、こんなに映画監督としての才能があったなんて…

トム・フォード氏の経歴を。
30代でGUCCIのクリエイティブディレクターに就任し40代に入る前にYVES SAINT LAURENTとGUCCIグループ全体のクリエイティブディレクターに就任するという大出世を成し、2005年に自身の名を冠したTOM FORDブランドを設立…ファッション業界にあっても特異な存在になるのだがTOM FORD設立と同じ年にFade to Black Productionsという映画製作会社を立ち上げる…え、なんで?と思ったら、もともとトム・フォード氏は俳優志望だったようで、学生時代にはCMにも出演してたようだ。その延長なのだろう…俳優ではキャリアを築けなかったが、映画を愛し映画に対して何処か諦めきれない断固たる思いがあったのだろうと推察する。そして見事に監督として映画業界に
“ I'll be back ”したのである。
ファッション業界において誰もが羨む成功を手にしてもなお、下手したら自身のブランドにも大きな傷を負いかねない立場を度外視してまで映画を作るトム・フォード氏の姿勢を称賛せずにはいられない。

本作を見た翌日になっても頭から離れず、これだけの映画を作るのだから洋服も素晴らしいに違いないという気持ちのもと、ちょうど銀座にいたしトム・フォード氏が作るTOM FORDの店舗でも覗いてみようかしらと思ったが、ブランドが求める体型でもなさそうだし、恐らく庶民の手が届くほどの値段ではないだろうから “ I'll be back ”と一人呟き銀座を後にした。

さて物語の話を…

先ず“Hidden Figures”のように人を選ばずに太鼓判でオススメできるような映画ではない…ではないかもしれないが夢見る男より現実的で健全な男(社会的地位や経済面)を選んで残酷な別れをした(された)経験のある人なら恐らく脳裏にこびりつく感覚が味わえるのではないかと思う。恋愛を犠牲にしてもなお未だ夢を見続けている男性諸君にはもう堪らない作品となるに違いない。そんな夢見る大人達に是非オススメしたい。

間違っても本編に遅れないように余裕を持って行動してほしい。鑑賞時も遅れて劇場に入って来た人がいたが、本編に間に合わないようなら次の回に変更するか、別日に改めて頂きたい。度肝抜くオープニングなので、これを見ずして何を見るの?と言える程の圧倒的センスで他との違いを明確に感じさせてくれます…感嘆の最中に周りでドタバタされるとハッキリ言って気が散ります。凡ある導入部ならまだしも素晴らしいだけに余計に感じます。まあ遅れて入るってのはね、この作品に関わらずと思うんですけどね…劇場側も本編10分入ったら断るとこもあったが、それでも入りたいって人もいるし…そこは何とも言えないが…。

「“NOCTURNAL ANIMALS”は、人生の中で私たちがなす選択がもたらす結果と、それを諦めて受け入れてしまうことへの、警告の物語です。すべてが、人間関係すらも、あまりに安易に捨てられる廃棄の文化にあって、この物語は、忠誠、献身、愛を語ります。私たちが感じる孤独、私たちを支えてくれる人間関係を大事にすることをめぐる物語なのです」
ートム・フォード

まさに、これ以上言い様がない程、簡潔で真をついた言葉だと思う。
物語については、これだけで充分だろう。

「科学者の中には、無意識のうちに痛みを他人と共有することが、共感や感情移入の基礎となると考える人が多い。痛みを知ることで、他人の感情を推測できるということだ。倫理観などもそこから生まれるという」ーデイヴィッド・ブルックス『あなたの人生の科学』より

見ている最中、この感覚に陥った。
劇中のジェイク・ギレンホール演じる二人の男に無意識のうちに痛みを共有していたのだ。映画の人物とこれ程までにリンクしていく感覚は、これまでそうなかったように思う。不思議な感覚でスクリーンの中に入っているような没入感があった。自分も本を書いているからか?それをあのレディに送ったら?どうなる?そして、「誰かを愛したら努力すべきだ。失えば二度と戻らない!」と彼女に捨てられる前に告げた彼の言葉が、我が胸を締め付ける…誰かを愛したら努力すべきだ。そう。そうなんだ。オレは努力したのか?努力が足りなかったんじゃないか?二度と戻らない、二度と戻らないんだ、なぜわからない。13年の時が経った今でも、あの時の自分の言動が物凄い勢いでスクリーンと重なる。そう、それは『ブレードランナー2049』のホログラム彼女のジョイが実体のある娼婦と重なったように…

あーなんて映画だ!‼

ソファーで横たわる二つの裸体が、よくある死体メイクを施さず、逆にチークでも塗ってるのでは?!というほど血色がよく、とても美しく切り取るあたり、さすがのセンスだと思ったし、そこからカットが変わるとベッドで横たわる今度は生きた裸体に編集するあたり、ああぁこのセンスの良さを通り越して嫉妬しだすほど。

原作からのアレンジとか、もろもろあるが誉めが尽きないのでこの辺で。

ジェイク・ギレンホールの出る映画は良作ばかりでハズレ知らずだし、彼と同い年で誕生月も同じということもあり彼との差をいちいち確認する上でも彼の出演作品をずっと追い続けているのだが、ここにきてよもやの伏兵にヤラレました。トム・フォード恐るべし‼もちろんジェイク・ギレンホールも圧巻の演技を見せつけ、埋まらない差をまた確認しました‼

公開規模が小さい意味がわからないが、是非とも本編に間に合うように劇場で見ることをオススメします。
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