ヴェンダース脚本・監督によるアメリカとドイツの合作映画。
共同脚本にマイケル・メレディス。
ひと目で超低予算だと分かる画作り。日本映画の自主映画にありがちなこの超チープで貧相なルックは何とかならんのか…
ヴェンダースという看板があってもなお予算を引っ張れないという冷徹な映画ビジネスが恐ろしくもある。
しかし安い。この映像に作家性などは微塵も感じられない。映像へのこだわりはないのか?ヴェンダースがどこに気を向けているのかわからない。
極端なクローズアップばかりで疲れてしまう。非常に見にくい。
はじめはミシェル・ウィリアムズ演じる20歳のラナのside-Aと、ジョン・ディール演じるポールのside-Bが交互に展開していく。
このポールが偏執的なまでにテロリストに執着している様が、最後までどちらか分からなかった…。
ベトナム戦争に従軍してたのだろうなということは分かるるのだが、その後にPTSDを発症しておかしくなったのか、実際に特殊任務にあたっているマトモな人なのか…どちらにも見えるので、彼に対しての私の印象というか、心の置き所が定まらないのが非常に気持ち悪く、前のめりに見ることができなかった。
病気として捉えるのと、愛国心から任務を全うしようという姿勢とでは、全く印象が違うし、彼の発言や行動を理解しようと努めるのだが、そこの地点がハッキリしないと何も始められない。
先ずこのポールというキャラのスタート地点をハッキリと明確に表してほしかった。
その方法はいくらでもある気がするのだが…
ラナのチャット相手であるヤナルからのメール
“今日アラブ人居住区の壁まで行ってきた
わ。パレスチナ人だけでなくイスラエル人も壁に反対してた。希望が持てるわね。でもパレスチナで起きていることを、こっちでは誰も知らない”
このメールをいまこの時代に読むと…なんだか複雑な気持ちになる。
伯父さんであるポールに、ママの手紙を渡すのがラナの目的ではなかったのか?そう冒頭の方でラナ自身が言っていたと思うが…
ヨルダン川西岸から渡米後2日3日で、にべもなく伯父さんに出会えたわけだが…いきなり伯父さんに協力したいとラナ。
伯父さんがいまやってることが正式の任務なのか、単に行き過ぎた偏執的な行為なのかは定かではないが、なぜいきなりラナが協力したいのかがまるで理解できない。
伯父さんとは幼き頃より会ってないのでは?幼き頃より伯父さんは、この異常行動なのか特殊任務なのかを続けていたのか?
それを知ってたから、すんなり協力させてと?ん?そんなことある?ロクに話もしてないのに、伯父さんがやってることを瞬時に把握して、尚且つそれに協力したいと申し出るラナ。うーん…なんだこれ。
ポールのあの異常なパトロールは少なくとも9.11以降から始まったのではないのか?
よくわからない。とにかくママの手紙をポール伯父さんに渡したいって言ってるんだから、出会えた時にすぐ渡すのが自然なのでは?なんでラストまで手紙を渡さないの?いや早く渡せよ、とずっと画面のラナに対してツッコんでしまった。特に渡さない理由もないように見受けられる。いや…最初の目的はどこいった?
ポール
「人生は常に安泰なわけじゃない。逃げたくなる時もある。何かを忘れ去るには…すべてを捨てなくては」
なんかいいこと言ってる風だけどね。
結局この映画から伝わるものはない。