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帰ってきたヒトラーのtsのレビュー・感想・評価

帰ってきたヒトラー(2015年製作の映画)
3.7
むむ、これはコメディじゃないぞ。

という大事なことに半分くらい観てからようやく気づいた。たしかに面白さや滑稽さは至る所にあった。それに対して観客は笑うだろう。でもあとになって、そうだ、自分は笑っていたし、楽しんでいたし、次にどんなことが起きるのかワクワクしていた、ということにハッとする、そんなことを監督は期待していたんじゃないかと思った。

売れない画家だったヒトラーがナチ党を立ち上げ、天才的な演説と広告手段を通じて大衆を扇動していったその思想と過程が、現代を舞台に描き出され、単純な歴史教育では学ぶことのできない、ファシズムと民主主義との表裏一体な関係をまざまざと見せつけてくる、力強い作品だった。

社会を不安に追い込むありとあらゆる問題が次々と世の中を騒がせ、一方で、くだらないテレビ番組の数々がメディアでの露出度を高め台頭し、大衆はそれらを喜んで視聴する。ヒトラーが「我が闘争」で言っていたような、プロパガンダを浸透させるための条件がこの上なく整っているのが、いまの世界であり、特にドイツ社会なんだ、と改めて感じた。

「大衆のほとんどは無知で愚かであり、女のように感情で動く」からこそ、自分の思想と論拠、そして国民が望むことを緻密に整理し、それをわかりやすく、繰り返し繰り返し発信することで、陶酔した大衆は逆に指導者を育て上げ、盲目的に追従しようとする。民主主義や主権在民だからといってファシズムへの道と無縁だとは努々考えるな、という警鐘。ヒトラーのファシズムは独裁者が突然登場するわけではなくて、大衆と方向性が一致してようやく成立する。


ヒトラー役のオリヴァー・マスッチ、ものすごい熱演。自分はヒトラーを断片的な映像でしか見たことないが、本人がタイムトリップしてきたというとんでもない設定をすっかり忘れてしまうほど、本人そのものだったし、演説や語り口からそのカリスマ性がしっかりと伝わってきた。

この映画は笑っていいのか悩む人も多いんじゃないかと思うけど、いや大いに笑ってください。笑って、楽しんで、ワクワクして。ただ、楽しめた分、それに比例した恐怖があとから自分に語りかけてくる。タイトルだけみるとほんとおバカなのに、極めて含蓄に満ちた作品だった。

ちなみに突然登場した、かの名作のパロディには笑った。まんまじゃん! あれなかったら、印象もっと違っただろうな。
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