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写真家 ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のことのgenarowlandsのレビュー・感想・評価

4.6
「発見された」写真家、ソール・ライターのドキュメンタリー。トップファッション雑誌の表紙を撮る商業写真家から引退して15年後、自分のために撮り溜めていた写真がたまたま発見され、注目を集めます。ニューヨークの街と人をカラー写真で初めてアートに撮ったフォトグラファーとして。

日本で開催された20017年、2020年のソール・ライター展両方とも行きました。会場から出たら、猥雑な渋谷の街がどこを切り取っても美しく、世界は美しさに満ちていることに気づかされました。

かっちりした構図ではなく、重層的なコラージュのようで、ふとした隙間から見えた街、人、その一瞬を切り取っています。抽象画も描くので、心が動いた瞬間を絵筆代わりにカメラで。

ドガを思い出します。舞台の袖から、目映い光の中の踊り子の動きを垣間見て描くような感じ。

「終わることのない世界の小さな断片」とソールは自分の写真について語ります。

撮影された街の人はそこをたまたま通りすぎただけ。その一瞬にその人は街を舞台にした美しい人生を刻み込んでいる。

雨で曇った窓から、通りすぎたバスの中の横顔、急ぎ足の雪道の傘、信号待ちの後ろ姿、湯気の向こうのシルエット、どれもソール・ライターが生み出した撮影方法。四角いキャンバスに偶然が作った街の色彩。

誰もが自分の人生の主役。街を通りすぎる人々は視線をカメラに向けませんが生き生きした美しさを感じます。

ドキュメンタリーはその謎を解こうとするのですが、もともとユダヤの神学者だった父親のように神学に進もうとしていたソールは謙虚であり、無我で、自ら美という幸福に魅了されているだけだと笑っている好好爺です。

無秩序で、抑制され、奇妙なものに惹かれると言うソール。すごくよくわかります。

部屋にソール・ライターのポストカードを額に入れて何枚か飾っているのですが、かっちりしていなくて色が楽しく踊っていて、主張し過ぎず、でも目に止まり、本当に好み。立派だったり、ゴージャスなわけでもなく、鋭さとか、強さもなく、華やかなわけでもない。ルノワールの甘い優しさは嫌いじゃないと言っていました。柔らかい色彩が他の色とぶつからない。

ソールは人生の成功より、大切な人と本や絵の話をすることが好きで幸せだと締めくくりました。

ソールの穏やかで優しい目は、最も忙しいニューヨークの街の人々に、生きている瞬間の美しさを見つけたのです。

ソールの視点は真似したくなります。窓に幾重にも光が重なる街の風景とか、色が滲む感じとか、時々スマホでですが真似しています。上手くなった気がして。

数多くのアーティストにこの構図と色彩の影響を与えたと思います。

ケイト・ブランシェット主演の『キャロル』の街中での構図や色合いはソール・ライターの写真の影響がよくわかる抑えた美しさでした。

大好きなソール・ライターの美意識を存分に感じられて幸せです。
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