「物語」を語ることを放棄してるゴダールに対して、私は未だに「物語」をみたいと思ってる人。合うわけがない。しかし、そう切り捨てられない何かはある。
若かった頃、ゴダールの映画を「映像はカッコいいとこもあるけど、ごちゃごちゃやってないで早いとこドンぱちやってくれ」としか思えなかった。その時と比べればこちらが歳をとった分ゴダールのやろうとしてたことがわかるようにはなってきた。
いわばサンプリング文化を思いっきり先取りしてるわけだ。今回トークショーで語られた方は「Part2を作ってきた」とおっしゃられていた。同じ意味だと思う。
ゴダールの映画は過去の映画的記憶のコラージュのようなものだ。
しかもそのサンプリングにセンスがある。
今の目で見ても映像表現にはいちいちハッとさせられる。ここは凄いところだ。
ただ残念ながらゴダールには物語を面白く語る才能はなく、本人もそれを自覚し、あきらめてしまってる。だから話はまったく面白くない。
この辺、同じくサンプリング文化から出てきたのに話を面白く作れるタランティーノとは決定的に違う。良し悪しは別として。