ninjiro

海よりもまだ深くのninjiroのレビュー・感想・評価

海よりもまだ深く(2016年製作の映画)
4.5
夢みた未来ってどんなだっけな。

物書きになりたい訳じゃなかった。
たまたま他に取り柄がなくて、
たまたま運良く賞なんかに恵まれて。
少しはいい気にもなったかもしれない。
でもやっぱり紛れだったのか、なんて言われるのが怖くて、現実を突きつけられるのが怖くて、
夢を追いかける振りをして今日や明日から逃げていた。

所帯を持ちたい訳じゃなかった。
父親になりたい訳じゃなかった。
生まれてこのかた、引き裂かれて死ぬ程に誰かを愛したことなんかない。
狭い風呂桶も、団地の階段も、公園の滑り台も、ため息とともにつぶやく
こんなはずじゃなかった。

こんな大人になりたい訳じゃなかった。


何気ない風景、何気なく息づく小さな暮らし。
その切り取り方、交わされる言葉もゆっくりと、何気ない。
如何にゆっくりと、何事もないように進んでいくように見えるその世界にあっても時の流れは止められない。
子どもの身体はいつしか大きくなり、親は老いて子どもに戻るように非力になっていく。
輝いたかも知れなかった未来を止め処無い時間はいつか追い越して行き、いつまでも立ち止まって振り返り眺めているその間にも「今」は指先を掠めもせず流れ出すように浪費されて戻らない。

あきらめるなんて、あたりまえのことだ。
叶う・叶わぬに拘らず、未来には夢を見続ければいい。
取り戻せやしなくても、思う存分過去を悔やめばいい。
その代わり、今目の前の小さな幸せをしっかりと見つめ、新たに始まる見知らぬ道への小さな一歩を踏み出せばいい。

嗚呼お前の、貴方の、私の、俺の、ありふれた当たり前の想いは、拾い忘れたその夢は、
なんて美しい、希望。
ninjiro

ninjiro