曇天

ダンケルクの曇天のレビュー・感想・評価

ダンケルク(2017年製作の映画)
4.5
史実の振り返りを後述したので感想からいくと、思わず今年一番好きな映画になってしまった一本。自分が好きなのはひとえに撤退作戦の持つ「戦わずして逃げる」という性格を前面に押し出している点。『プライベート・ライアン』以後の残虐描写インフレ映画の真逆をいく、それでも第二次大戦でとても重要な位置づけの作戦。「ダンケルクの戦い」の正しい描き方という感じがビンビン。通常の戦争映画とは違う手法を使って描くべき戦争映画もあるということ。

そして、このダンケルクの戦いによって救出された兵士の数が重要で、彼らが本土に帰って来れたからこそその後のバトルオブブリテンにてドイツ軍を迎え撃つことができた。連合国側の勝因ともいわれています。戦争に勝つには軍備や技術力だけではだめでそれを使うための人員=人命も同じくらい重要で、だからたとえ戦争する時であっても人命を重要視し優先しなければならない。つまり、「いつでも」人命は重要であるということ。この映画はそれをも「ダンケルクスピリット」の中に含めている点で最高。特に若者の命はその後の国を作っていく担い手なのだからより重要、国の宝なのだと。ラストシーンまでその精神が行き届いていてもう感涙。

よく言われている通りこの映画はかなり視点が限定されて描かれている。政治家などの指令本部だけでなく敵兵の姿が一切出てこず、全体の状況説明がない。情報を絞ることでサスペンスに集中して欲しいという意図があるし、何より主要登場人物が若い兵士で実際に情報も知識もなかったという点に合致していて納得。当然、情報技術が今より不足している当時の再現も含まれる。
タイムリミットサスペンスというのはその作戦成功がいかに困難か、いかに危ない綱渡りかを見せて、焦らせるという所が本分だからそれでいいんだろう。しかも情報不足でわからなくして混乱を増しているから、得体の知れない恐怖の効果も狙ってる。
今回はそんな利点を生かし切ってるせいで、戦争のリアルな描写みたいなのは多分そんなに追及していない。登場する映像的描写に関してはもちろん本物の戦闘機を使ってるところ等で折り紙付きだが、やっぱり一度観ただけじゃわからないので、ここでは捨象された情報を拾ってまとめてみました。


ダンケルクの奇跡ことダイナモ作戦の成功の原因はどうやらドイツ陸軍の進攻停止命令にあるらしい。当時のドイツの戦法は戦車・戦闘機の高速攻撃、いわゆる電撃戦で、攻められた敵軍は麻痺してしまい命令が全て後手に回って、気づいたら進入・制圧されてしまっているという。これでドイツは勝利を重ねていた。ところが現場指揮官はその効果を知ってたけど、ナチスの最高司令部あたりはそれに気づいてなくて、戦線が伸びるほどその手薄を狙った連合軍の反撃を危惧していたらしい。
1940年5月10日から始まったベルギー・フランス進攻で、ドイツは連合軍の裏をかいてアルデンヌの森を越えてフランス軍を南北に分断、5月19日ドイツA軍集団の先頭がドーバー海峡に達する。そのままフランスの補給港であるブローニュ、カレーを攻めて補給と通信を断ちつつ、その最終目標がダンケルクだった。東のドイツB軍集団とで挟み撃ちする形になりいよいよ完全包囲が間近だった。だが、海に達したのは一つの装甲軍団だけで後続の大団体はまだ南にいた。これを英仏が迎え撃って5月21日にアラスの戦いが起こるが失敗して北に撤退。だがここで、連合軍の反撃が始まったと勘違いしたナチスは陸軍に停止命令を出してしまう。並びに空軍相ゲーリングの主張で空からの掃討作戦に切り替わった。
こうした経緯で最終的に連合軍約40万の兵がダンケルク港に追い詰められ、5月26日~6月4日にダイナモ作戦が行われる。ドイツ側の失策が大規模救出の成功につながるんですね。実は陸からは敵が攻めてこない戦いだったということですが、当時はいつ攻めてくるかわからない状況だったのでやはりサスペンスとしては成立しますね。

補足としてはまず、5月28日に陥落したカレーには連合軍の兵士が残され救出対象にもならず、いわばドイツ軍への囮として時間稼ぎのために犠牲になったそうで。彼らも「ダンケルクの戦いに関わった人たち」に含まれるでしょう。
そして、新型だったスピットファイアが初めて投入されたのはダンケルクです。終盤「空軍は何をしていた」と生き残った空軍兵をなじるセリフがありますが、空軍は撤退作戦に支障が出ないようにダンケルクから少し離れた所で洋上の敵機と戦っていたそうで。登場するのが3機だけでもそれなら納得できる範囲かな。

あと戦闘機だけじゃなく民間船も当時のものを他国からも借りてきてるらしいですが、びっくりしたのが当時ダイナモ作戦に参加した船舶も使われたそうで…パンフによれば12隻。え、臨場感とかそんなレベルじゃなくて、戦争の英雄そのものが来ちゃってるじゃないすか! それが本物のダンケルク港に来てしまうなんて、僕らは夢の再会を見ていたということです。いやぁ胸が熱い。
ダンケルク港でいえば当時の写真を見ると建物のほとんどが爆撃で屋根が焼けてたり崩壊してます。「DUNKIRK 1940」で検索すると結構出てくる。

序盤に近衛連隊の待機列に並んだトミーが指摘されるシーンがありますが、イギリス陸軍には所属に序列のようなものがあるらしく、近衛連隊は格上。あれは「お前が並んでいい列じゃない」みたいな意味だったみたい。
ディティールは無視してる所とこだわってる所それぞれですね。
やっと素直にノーラン映画好きになれたし、今まで戦争映画の鑑賞後はいつも鬱~だったからこうポジティブになれるのも新鮮。いいもん見た。

今度で日本にもキスカ作戦という救出作戦があったのを初めて知りました。ロシアからアラスカに連なるアリューシャン列島に拠点を持った日本をアメリカが進攻、日本寄りのアッツ島を先に落とされて北米寄りのキスカ島が孤立します。北米寄りなので守備隊を6000人用意していたらしいです。状況が似てますねー。圧倒的戦力差のなかを千島列島の北端からはるばる艦隊で濃霧に紛れて航行する作戦で、しかも偶然にもレーダーの誤作動で無駄撃ちした哨戒用艦隊が補給のため島を離れた一日のうちに救出して無傷で帰ってきたという…。こっちの方が奇跡っぽいよー。
内容に関しては書くかわからんが書くとしたらコメントで。
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