せーじ

映画 聲の形のせーじのレビュー・感想・評価

映画 聲の形(2016年製作の映画)
4.8
昨日(2019年7月18日)は、ショックで何も手がつきませんでした。
あまりに惨すぎる、酷すぎる出来事で、正直今も気持ちの整理がついていません。
本作は、自分の中では本当に大切な作品なので、テーマのひとつでもある「向き合う」という意味でも、もう一度レビューを再掲したいと思います。
今回の件で彼らのことを知った方は、ぜひこの作品を観て頂ければと思います。
※なお、全国のアニメイトの店頭で、募金活動がはじまっています。検索してみてください。

#PrayforKyoani

※※※

2018年3月2日、イオンシネマ市川妙典で鑑賞。
そんなに入っていなかったが、明らかにコアなファンだと思われる男性ばかりだったのが印象的だった。

いや、観るのが辛かった。。。
主人公とヒロインが、いやいや、この作品の登場人物全員が、どいつもこいつもいびつで人間臭くて。
というかこの作品そのものがぱっと見繊細で可愛らしいビジュアルなのに、最初から最後までずっと、すべてがどこまでも容赦なくシビアに描かれているので「辛いな!この映画、ほんっとに辛いな!!」(cv.高嶋政宏@この空の花)ってなるのだ。

これは一体なんなのだろう。
なんでこんなことになってしまうのか。

それはおそらく、原作自体がそもそもとんでもない作品であるからだろう。
自分はこの作品、週刊少年マガジンで読み切り掲載をされて話題になった頃から、何やらとんでもない作品らしいということは知ってはいたのだが、読む機会を逸してしまい、読んでこなかった。というより、なんとなぁく読むのを避けていて"向き合わなかった"と言ったほうがいいのかもしれない。

そんな、ほとんど何も知らない状態で観たら、そりゃこうなるわ…

もちろんこれは、全セクションがハイレベルな仕事をしていないと実感できない。特に演者の方々の演技が素晴らしく、この手のアニメーション作品の演技クオリティを一段階ネクストレベルに押し上げているように思う。(声優さん達に混じって、松岡茉優さんが出演されているのにも驚愕しました。全然気が付かなかった…)
ストーリーそのもののつくりには、省略されている部分もあるらしく賛否両論があるようだが、自分のように映画から入った人間の視点から思い起こしてみても、原作を読みたくなるクオリティであることは間違いないと思う。
何より、アニメーションならではの表現や映画的な演出が炸裂しまくっていて、何度も「うわああああああ!!」と叫びだしたくなってしまった(例えば「いつもは着ていないのに、セーラー服を着てきた理由は…?」とか)。劇中の音楽も節度を守りつつ、存在感があるのに繊細なのが素晴らしい。間違いなく現時点で、国内最高峰のアニメーション作品のひとつだといっていいだろう。

この物語を、ネタバレのない範囲で簡単に表すとすると"向き合うことの大切さと難しさ"を描いていると言うべきなのかもしれない。
人間は完璧な存在ではないので、誰しもが取り返しがつかないかもしれないと思うような過ちを冒してしまう可能性がある。そういうことをしてしまった時に真っ先にやるべきことが、主人公のように"向き合うこと"なのかもしれないと自分は思った。もちろんそういう過ちからは逃げたがるのが人間でもあるので、そう簡単に誰もが向き合うことはできないし、そもそも"向き合えずに逃げている自分"を、逃げているのだと認識できないところからはじめないといけないことすらある。それでも「そんなことは理由にはならないし、それは誰もが逃げずにやらないといけないことなんだよ?だってあなたはそれだけのことをしてきたのだから」と、こんこんと厳しく説き伏せられているような気がした。

そんなん突きつけられたら、黙るしかなくなるわ...

ただ、この作品はそれだけで終わらせずに、どんな登場人物にも過ちや弱さと向き合うことが必要不可欠であることを平等に説こうとしているし、何よりエンディングで主人公が"向き合うことができた結果、どうなったか"をきっちりと描いているのが素晴らしいと思う。そもそも、主人公のもとにさまざまな登場人物が集まったのも、彼が純粋に自分や誰かと向き合おうとして、もがいていたからに他ならない。それが理解でき、成し遂げられた瞬間に拡がっていった"世界"を、いちばん最後に主人公とともに観ることが出来たから、深く感動することが出来たのだと思う。

とはいえ、そこに至るまでが吐きそうなくらいキツかったので、リピートできるかどうかはわからないですが、個人的にはものすごく大切な1本になりそうです。
このうえ、これよりも深くてハードだと言われている原作を読むのはかなり怖いんですがww 向き合いたいと思っています。
せーじ

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