TAK44マグナム

シング・ストリート 未来へのうたのTAK44マグナムのレビュー・感想・評価

4.9
立ち止まってちゃいられない!


一貫して、音楽の力で人生を切り開いてゆく姿をたんなるサクセスストーリーにしないで描いているジョン・カーニーによる傑作青春映画。
ジョン・カーニー自身の青春時代を投影しており、それを主人公の兄をとおして導いてゆく。
「好きなコを口説くなら、自分の言葉で口説け」は名言。


主人公の少年、コナーが結成したバンド「シングストリート」が、デュランデュランなどを参考に見よう見まねでMVを撮る場面が好き。
80年代を意識した楽曲のクオリティが高いのは勿論なのですが、やたら狭い路地を向こうからバンドメンバーたちが思い思いの仕草で走ってきたり、「ああ、そうそう!こういうのあったよな!」と、岡崎体育の「MUSIC VIDEO」じゃないけれど、そこがまず楽しい。
今みれば、そりゃダサい。
だけど、これこそが80年代。
MTVというカルチャーが音楽を聴くだけのものから見るという要素も取り入れた新しい次元へとステップアップを遂げた時代なのだ。

そう、本作の舞台は80年代のダブリン。
海の向こうのイギリスではポップカルチャーが花開いていたのを尻目に、不況のどん底で人々が活力を失いつつあった頃。
両親の不仲や貧困からくる転校問題などを抱えたコナーは、ある時出会った魅力的な女子の気をひくために口から出まかせを言ってしまう。
「バンドをやっているんだけど、今度撮るMVに出演してくれない?」
ここから、コナーはそのヴァイタリティーの強さと、隠れ持っていた才能を開花させ、自分をしばりつけるモノ全てを「音楽」で打ち破ってゆく。


前述したMV撮影の他にも好きな
場面は多々あるけれど、パーティで演奏する際に、コナーが「本当はこうあってほしいという理想」を夢想するところも、演出が楽しいこともあって何度も観返したくなる。
両親は仲よくダンスし、いけ好かない校長先生はクルクルと宙返りを決める。
一番来て欲しかったラフィーナもちゃんと訪れ、そのピンチをお兄ちゃんのブレンダンがジョージ・チャキリスのように救う。
やがて演奏が終わると全ては現実に引き戻されるけれど、コナーはそこで立ち止まらず、果敢に挑戦を続けるのだ。
(ここでその挑戦に反対することなく付いてきてくれるギタリストが良い。最高に格好いいウサギ好きだぜ!)

挑戦する勇者に、神さまはちゃんとご褒美を用意してくれる。
コナーは、自分を変えるキッカケを作ってくれたラフィーナと手と手を取り合って「ある計画」を実行しようと、一番信頼のおける者に相談を持ちかける。
その答えは、アダム・レヴィーンの歌う主題歌「GO NOW」、まさしく「やるなら今!」だった。


終盤のこの展開は、いささか非現実的(ファンタジー)で、あまりにも無謀に映る。
というか、実際に無茶すぎるし、人によっては曖昧な結末だと感じるかもしれない。
しかし、これまでのジョン・カーニー作品もそうであったように、結末を描く映画じゃない。
だって、映画は終わっても、その先も彼らのストーリーは続くのだから。

たぶん険しい運命が待ち構えているだろう。ラストカットは、それを暗示しているかのように、けっして安穏としたものではない。
でも、コナーの表情は険しくない。むしろ嬉しそうに見える。
何故なら、彼にとって、その瞬間はずっと望んできたものであり、始まったばかりの挑戦にくじけているヒマなどないのだから。
彼には守らなければならない人がいる。
そして、何よりも「音楽」がある。


本作は、言わば人生の指南書みたいなものであって、人生も半ば過ぎたオジサンが観て、「ああ、あの頃に俺もこうしていればなぁ」などと後悔の念にかられるための腐って枯れたような映画なんかじゃない。
できれば道を見出せずに迷っているような若者が観て、「とりあえずやってみよう」と感化されるべき映画なのだと思う。
出来るだけ好きなことを見つけ、失敗を恐れずに人生という冒険に挑戦してほしいと、映画をとおしてジョン・カーニーが言っているような気がするし、あの頃、何か言い訳ばかりをして踏み出せなかった者として、切にそう願う。


さぁ、走りだせ!



セル・ブルーレイにて