りっく

シング・ストリート 未来へのうたのりっくのレビュー・感想・評価

4.8
本作はアラもたくさんある。はじめからバンドの演奏が上手すぎて成長する過程が描けていないし、個性的なバンドメンバーもほぼ書き割りに近い。最後のいじめっ子を加入させるとこなど取って付けたような展開だ。

だが、そんなことはどうだっていい。ジョンカーニーは過去2作同様に、バンドメンバーよりも「ペア」を実に魅力的に描く。甘酸っぱく背伸びしたボーイミーツガールの物語。特に手の届かないようなマセた、それでいて脆い彼女の魅力と言ったらこの上ない。ミュージックビデオの撮影で海に電車で向かう場面。その行きと帰りで主人公には彼女が違って見えている。その瞬間を観客も共有している。それを可能にする彼女の神々しい魅力が全篇で炸裂している。

そしてそれ以上に兄と弟の物語としてグッとくる。両親が別居を決め、貧しい家庭のため十分な教育を受けされられない子供たち。そんな中で、長男としてジェット気流のように密林を切り開いた自負がある兄貴。なぜその道をただ進んできた弟だけが褒められ、道を拓いた自分は学校にも行けず、未来も閉ざされかけているのか。その想いが爆発する場面の痛々しさ、そして母親と同じように夕陽を浴びながら外でタバコを吸うことが至福という人生を送らざるをえない自分の境遇。そんな身でいながら、最後に今度はロンドンに渡ろうとする、新たな道を切り開こうとする、そんな弟たちを車で送り、船に乗せる、あの心意気。80年代のアイルランドという閉塞した時代背景も込みで、ラストは涙無くしては見られない。

もちろん過去作同様に、音楽の力によって鬱屈した環境や時代に中指を立て突破しようとするエネルギーも十二分。音楽をしている時だけは、皆いがみ合わずに楽しんでいるという幻想と現実の落差も心に響く。
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