荒野の狼

アウトブレイクの荒野の狼のレビュー・感想・評価

アウトブレイク(1995年製作の映画)
5.0
私は医学部で微生物学講座に所属するウイルス学者です。本作は1995年のアメリカ映画であり内容はフィロウイルス科(エボラウイルス、マールブルグウイルス)による出血熱ウイルスを題材にしており、本作に登場するウイルスの電子顕微鏡写真もフィロウイルス科(フィロは“ひも”)の細長い形状(Qという文字に似たりする)のそれである。題材は小説「ホットゾーン」に代表されるフィロウイルスの出血熱の歴史にとっているところが多い。
本作では発端は出血熱が1967年に最初に見つかったというところから始まるが、これはフィロウイルス科の出血熱が最初に見つかった年に一致する(ドイツでマールブルグウイルスによる死者がはじめてでた)。フィロウイルス科は、体液などの濃厚な感染でしか通常は感染しないが、アメリカで輸入したサルにのみ病気を起こしたレストン株は、空気感染を起こしたことが疑われた。これは、ウイルス感染したサルと別の部屋に飼育されていたサルが感染したことから通風孔などを通じて、ウイルスが空気感染したことが疑われている。本映画でも通風孔を通じての感染が描かれており、これらのシーンはレストン株が念頭にあることが推察される。
ちなみに本作で空気感染により主人公のダスティン・ホフマンの同僚ケヴィン・スペイシーがウイルスに感染するシーンがある。スペイシーは本作では善良なウイルス学者を好演しているが、近年になり本作収録中に軍のアドバイザーの男性にマネージャーを通して性関係を要求したということで、スペイシーは訴えられている(当時米軍ではゲイであることが知られると大きな事件であったので、性関係の要求だけでなく、ゲイと米軍という問題にも気を使わないスペイシーの姿勢が問題)。
本作では、一匹のサルに二つの異なる株のフィロウイルスが感染していたということになっているが、この根拠が電子顕微鏡の形態のわずかな違いであり、これは1995年当時のウイルス学を反映している。現代であれば、ウイルスの遺伝子配列の比較がなされるところ。ちなみに本作のように、二つのウイルス株が同時期にそれぞれ感染症を起こすという事は通常ない。
医療従事者がわずかな指の傷から感染したり、治療に回復した個体からの血清が用いられるというのは、出血熱の中でもアレナウイルス科のラッサ熱ウイルスでは知られている。本作では感染サルからとられた血清を患者に投与することで、患者の回復が図られるが、1)フィロウイルスでは血清の投与では患者の回復は望めない、2)映画では小サルから採取した血清を短時間で増やしているが、このような方法はない、3)感染サルの血清をヒトに投与すると血清病などの副作用が起こる可能性とサルの血中のウイルスも一緒に投与してしまう可能性がある、など実際には問題のあるところ。
小説「ホットゾーン」も含めフィロウイルスの感染症は、症状が誇張される傾向があり、映画で表現されているような臓器が溶けてしまったり、血の涙がでたりすることもない。フィロウイルスでは、むしろ出血症状は軽微なことが多く、出血症状が重篤なクリミア・コンゴ熱ウイルスなどとは異なる。ただし、本作で培養されたウイルスが半日ほどで急激な速さで複製されていく様子が描かれているが、これは事実に近く、エボラウイルスなどは人体でも同様に急激にウイルスの複製がされることが知られている。
上記のように本作は、概ねウイルス性出血熱の歴史的・医学的な特徴をおさえており、医学生などには勧めたい。ただ、誇張されている部分があることを念頭において、エボラウイルス感染症の正しい理解はウイルス学の教科書などで得たいところ。
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