Tully

パターソンのTullyのネタバレレビュー・内容・結末

パターソン(2016年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

如何にもジャームッシュらしく、何も起きない日常を描きつつ、それでいてちょっとした事件を見事に描き切ってる。ジャームッシュの作品を観ていると、全ての人々の人生は映画化出来るのだと確信する。どうりで映画に飽きない。パターソンを観て思うのは、平凡に見える毎日の愛おしさだ。パターソンと言う名の小さな街の、パターソンと言う名のバス運転手。彼の運転するバスには、いろんな人々が乗車して、たわいのない会話を残して降りていく。彼は、乗客達の会話に耳を傾けつつ運転する。単調な路線バス。単調なコース。そこには確実に、ささやかな刺激が待っている。単調な仕事から帰ると、単調とは正反対の愛する妻が待っている。美しい妻だが感性が独特。おおよそパターソンは、妻のつかみどころのない部分に翻弄されつつ、それを楽しみ愛する心がある。2人で飼う愛犬の絵。一点一点だけを見たら奇抜なデザインの家財達。彼女が日々のDIYの中で拵えたものだ。奇抜で正反対なのに不思議な調和を生んでいる部屋と2人。素敵な2人。平凡なパターソンは、不思議な妻から認められる才能がある。詩作だ。彼は毎日、秘密のノートに言葉を綴る。パターソンと言う名の街は、詩人を輩出する土壌がある。街が産んだ詩人達の詩をパターソンは愛していて、パターソン自身も詩を綴る。この映画の軸として描かれる演出だ。似たような毎日の中、街に住む人々は異なる日々を過ごす。パターソンは、同じようで異なる毎日に詩作への刺激を与えられる。パターソンが街を歩けば、彼と同じように日常をラップで綴ろうとする黒人男性と偶然出会ったり、パターソンと偶然会話した少女が詩作に励んでいたり、きっと言葉を生み出す街。こじんまりした街の、いつもの風景。バスを降りて歩けば、美しい景色が混在していて、やたら似たような人々が住んでいて、自分自身も既に世の中にある言葉だが、自分自身から滲み出る新しい意味を携えた言葉を綴る。私達は、違って良い。違っている似たり寄ったりの平凡を愛せば良い。パターソンの詩作に、そう感じてしまう。パターソンが、毎日ちょっとだけ通うBARがある。ジュークボックスから流れる音楽が素敵で、いつもと変わらない場所に座って、夜とお酒が誘う刺激がある。要するに、ジャームッシュ好きになる要素が私の中に確実に存在するのだ。本当にたわいのないBARで、たわいのない毎日のBAR。誰の人生にも起こり得る、起こし得る刺激。夜の街にBARとお酒。いつものBARのささやかな大事件。平凡な男の平凡な人生を綴る映画に、他人から見たらどうでも良い出来事が起きる。鏡面のように穏やかなパターソンの心の水面に、愛犬が飛び込み大きな波紋を立てる。彼の詩を綴った秘密のノートは、愛犬によってボロボロにされるのだ。ショックと喪失感に心が満たされるパターソン。怒りようのない相手、ぶつける先のない感情。彼は心を整理すべく散歩に出かける。街で1番美しい滝を眺めていたら、日本人旅行者と出会う。日本人は、パターソンに話しかける。2人はたわいのない会話をしていたが、不躾な質問をされるパターソン。パターソンの街が生んだ詩人について日本人は聞く。会話が動き出す。「貴方も詩を書くのか?」 と尋ねられて 「バスの運転手だ」 と答えるパターソン。パターソンは詩を綴るのを諦めた?ただ職業を答えた?パターソンのショックを梅雨知らず、日本人は詩作を勧めるように美しいノートを渡して去っていく。この美しすぎる演出にジワジワと滲み出るように感動が湧き上がる。なんて小粋な優しさ。なんて素敵な演出だ。私の人生において、音楽と映画はパターソンにとっての詩と同じ。日常であり、知らない人とのお喋りのきっかけであり、自分の心の随分多くの部分だ。そのせいもあって、パターソンへの思い入れは深い。きっとこの映画って、わかってもらえない人が確実に一定数存在する。あまりにも退屈だと思うのだ。事件と言うほどでもない事件、刺激と呼ぶには乏しい刺激。ただ、パターソンみたいな映画に出会えた自分の人生は悪くない気がする。本当に、心の秘密のノートにメモしておきたいような映画で誰と共有出来なくても、もし誰かと共有出来る人に出会えたら。なんだか堪らない感情をもらえた気がするし、とっておきの宝物を与えられた気がしてる。
Tully

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