nucleotide

パターソンのnucleotideのレビュー・感想・評価

パターソン(2016年製作の映画)
5.0
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると安いところへ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟ったとき、詩が生まれ、画が出来る。
人の世を作ったのは神でもなければ鬼でもない。矢張り向こう三軒両隣にちらちらする唯の人である。唯の人が作った人の世が住みにくいからとて越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう。
越すことのならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容げて、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。

夏目漱石『草枕』



ジム・ジャームッシュは自身が生み出すキャラクターに他の何者かを投影させることを好む作家である。『デッドマン』では主人公に詩人ウィリアム・ブレイクを重ね合わせ、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』では暗転するNew worldにエヴァ(イブ)を"創造"した。今作は、パターソン市に住むパターソンをアダム・ドライバーがバスドライバー役を演じ、彼の恋人ラウラは、偉大な詩人の妻と同じ名前の女性であることが提示される。このように他者の物語を経由して物語るところにジャームッシュの作家性が潜んでおり、ともすればつまらない言葉遊びに堕しかねないギリギリのユルさに、彼独自のオフビート、その源泉があるように思われる。

コトバの喪失→神(的なもの)の救い→再出発というジャームッシュ作品にしては妙に分かりやすいお話構造が展開するのは少々意外だったが、永瀬正敏をある種の非人間的なものへと見立てるオリエンタル信仰はやはりジャームッシュらしいといったところか。

世界を切り取る一瞬、一瞬の美しさや、其処此処に行き交う街の人々全てが愛おしかった。夜が深まってゆくにあわせてゆっくりとフェードアウトしていく「1日の終わり」に、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の頃の鋭い暗転とは違う、ジャームッシュの円熟味をみた。
nucleotide

nucleotide