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パターソンのslowのレビュー・感想・評価

パターソン(2016年製作の映画)
4.9
詩を書き留めながら詠む。その抑揚と耳触りの良さ。バレーボール選手のような風貌から、程よく低音の効いた声を空気に伝え振動させるパターソン役のアダム・ドライバー。喉仏をわなわなさせて静かに笑ったり、何事も否定せず肯定してくれたり。ニュートラルな表情の奥の奥に繊細さを感じさせる絶妙な演技。キャスティング正解、大正解。
奥さん役のゴルシフテ・ファラハニは好きな作品にけっこう出演しているとても綺麗な人。本作で放つ魅力はまた新しい一面であり、抑圧された役柄が多い印象だった彼女の自由奔放な演技はかなり新鮮。
愛犬のマーヴィンも忘れてはならない家族の一員。パターソンを下に見ているのか認めているのか。上から目線のわりに、ちゃんと待てのできる良い子だったりして憎めない。
脇役も良い。ジャームッシュには黒人のカッコ良さをよく教わっている気がする。全然大袈裟じゃない会話でサラッと人のなりを垣間見せるのも巧い。今作は、より人間味に溢れた作品に感じられたのは気のせい?それは撮る側の変化なのか、観る側の変化なのか。
奥行きを存分に活かしながら人物を追い、その視点ともなるカメラワークが素敵。マッチ箱やお弁当箱など、小道具ひとつとっても愛らしく、こだわりがどれも味わい深い。
フィリップ・ガレルの『パリ、恋人たちの影』を観た時と同様に、これこれ、これが観たかったという世界が、冒頭から裏切りもなく展開されて行く。まさに至福の時間。
観る人によっては、何処かの誰かの惰性的な日々に感じられるかもしれない。それほど立ち入った、という印象も受けないかもしれない。しかし、同じに見える日々の繰り返しは、決して同じではないのだと。私的には何か救いのようなものにさえ感じられ、エンドロール中には感動が込み上げてきた。たとえ旅をした世界が「消滅」してしまったとしても、意識ひとつでそれは「消滅」ではなくなる。人生の可能性を狭めぬよう、如何に目前にあるものを取りこぼさずに生きられるか。それだけで、世界は彩りを増し、無限に広がっていくのだと再確認させてくれる素晴らしい映画だった。
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