サマセット7

透明人間のサマセット7のレビュー・感想・評価

透明人間(2019年製作の映画)
3.9
監督・脚本は「アップグレード」、「ソウ」シリーズ(脚本)のリー・ワネル。
主演は「アス」、TVドラマ「ハンドメイズテイル侍女の物語」などのエリザベス・モス。

海辺の豪邸にて、セシリア(モス)は、パートナーであるエイドリアンを睡眠薬で眠らせ、命からがら屋敷を脱出する。
なんとかエイドリアンの支配下から逃げ延びたセシリアの元に、エイドリアンの訃報と、遺言によりその莫大な遺産の一部をセシリアが受け取れる、との報が届く。
安堵するセシリアだったが、彼女の周りで奇怪な現象が起こり始め…。

ユニバーサルピクチャーズが過去に映画化した有名な怪物の一つ、透明人間を、現代風にリブートしたホラー作品。
製作は近年、質の高い低予算ホラー作品を量産するプロデューサー、ジェイソン・ブラム。
今作も製作費700万ドルと高額な予算をかけたとは言えない作品だが、1億4000万ドルを超える売り上げを叩き出した。
ジャンル映画にしては高く評価されており、特に批評家からは絶賛評が多く見られた。

透明人間といえば、マッドサイエンティストが透明になれる薬を開発して、悪行をなす、という展開が定番。物語は、薬を使う側の視点で語られることがほとんどだったようである。
その意味で、従来の作品は、純粋なホラーというより、SFピカレスクスリラーといったジャンルに属していたように思える。
しかし、今作では、こうした定番を崩し、一貫して、目に見えない脅威に怯える側の視点で物語は語られる。
その結果、「透明人間」という題材を用いながら、いわゆる心霊ものとか、神経症的ホラーの味わいを出すことに成功している。

最近新しい視点で作られた、怖いというより、純粋に「面白い」ホラー作品が増えているが、今作もその一つに挙げられよう。

今作の見どころは、主人公セシリアが、怪現象の連続により、徐々に疲弊して、自らの正気を疑うまでに至る追い詰められっぷり、演じるエリザベス・モスの見事な演技、観客の不安を誘うカメラワークと音響、そして、優れて現代的なメッセージ性を含み、最後まで飽きさせない構成にあろう。

セシリアは、緊迫感あふれるオープニングを乗り切った後も、ひたすら酷い目に遭い続ける。
演じるエリザベス・モスの、追い詰められる様子の演技は凄まじく、作品の説得力を何倍にもしている。

今作では、「何もないところをゆったり映す」というカメラワークが頻出し、奇妙に観客のスリルを煽る。
観るものには、そこに何かいると感じられる!
その緊迫感!!
音響や音楽の使い方も合わさり、特に中盤までは、なかなかのドキドキ感である。
このあたり、監督・脚本のリー・ワネルが、ソウシリーズらインシディアスシリーズなどで身につけたホラー表現を発揮している、ということなのかもしれない。

今作は、徹底して主人公を所有物と見做すサイコパスを描くが、周囲の人からは、透明人間の特性もあり、主人公にこそ問題があると思われてしまう。その不条理。
こうした作中の不条理から、現実の男女の格差や搾取の実態への問題提起を読み取ることも可能だろう。

今作のテーマは、一方的に窃視されることの悍ましさ、というあたりか。
視線を感じて振り向く描写、頻出する監視カメラの映像、透明人間の仕掛けなど、このテーマで整理できよう。
このテーマは、監視カメラの目の届かぬところなく、インターネットを通じてあらゆる情報が吸い上げられ、誰もが一方的に他者から監視されている現代社会にも通じる。
窃視するのが男、されるのが女、というのも、示唆的だ。
印象的なラストには、現実に対するメッセージが込められているように思える。
ニーチェの深淵に関する格言が思い起こされる。

伝統的ホラー映画に、現代的な視点から再解釈を施し、一流のスリラーに仕上げた佳作。
特に印象に残ったシーンは、レストランのシーン。
呆然としている間にいつのまにか脱出不能な底なし沼にハマっていた、とでもいうような、悪夢的な演出となっている。