たつなみ

エル ELLEのたつなみのネタバレレビュー・内容・結末

エル ELLE(2016年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

これまでに観たバーホーベン作品の中でも、最も女性への賛美と優しさに溢れた作品だと思う。

レイプという、絶対に許されない行為を扱っていながらブラックコメディであるという作風が論争になったそうだが、『けしからん!』と批判している者は全く”浅はか”としか言いようがない。
『被害者らしさ』
『不幸な人らしさ』
『女らしさ』
という、日頃我々が持っている凡庸な”例え”を真っ向から否定し、相変わらずの痛烈なブラックジョークでそれらを嘲笑う。
本当にバーホーベンという人の凄みを感じる。

主人公ミシェルは幼少期の特別な経験から、人の道を外れた行為に対する徹底的な嫌悪感を持っている。
一方で彼女はレイプされた事実を乗り越えようと葛藤している姿も描かれている。
レイプ犯に反撃して撲殺する妄想をしてみたり、『レイプされた』という事を別の言い方で誤魔化したりせず、友人達にアッサリと告白したりする。

安易に嘆き悲しむシーンなどなく、彼女は努めて冷静にいつもと変わらない様に振る舞う。
泣いたり、落ち込んだりすれば現実を受け入れたことになってしまう。
この辺りはとてもリアルな表現だ。
彼女は『自分の生き方に嘘をつきたくない』女性なのだという事が伝わってくる。
バーホーベンと言えば例によって『強い女性』が描かれるが、その点においてミシェルはいつもと少し趣が異なる様に思う。

また、劇中のセリフにも出てくるが、ミシェルは全く警察など信用していない。
『襲われた』という被害の事実があるにも関わらず、『(あなたの方が)誘ったんじゃないのか?』というアホな疑いをかけられることが分かっているから。
だからこそラストでパトリックをブッ殺した後に出てくる刑事は意地悪なほど滑稽に見えてくる。

そして特にこの作品は登場する全ての男たちのクソっぷりが凄まじい。
バーホーベン作品史上最高と言える位、出てくる男達は軒並みクズ!
特に息子のボンクラぶりは可哀想過ぎ。
出産のシーンは最高に笑えた。

主演のイザベル・ユペールは本当に美しく、小悪魔的な可愛らしさすら感じる最高の存在感。
全編、全シーンに彼女の魅力が溢れていて、大袈裟でなくずっと彼女の演技を観ていたくなる。
女2人で墓場を抜けて歩き去っていくラストシーンは、バーホーベン監督から過酷な現実を生きる女性達への力強いエールであると感じた。

現在79歳のバーホーベン監督。
高齢ながらその作家性は全く衰えていなかった。
これからも一本でも多く映画を作り続けて頂きたい。

【9/19追記】
ミシェルの父親は狂信的なカトリック信者で、何人もの子供を虐殺したという設定だが、ふと以前に聴いた町山智浩さんの『スターシップ・トゥルーパーズ』の解説を思い出した。
町山さんによると、バーホーベンは『十字軍』の映画化を常々熱望していたらしい。
十字軍といえば、聖地エルサレム奪回という大義名分を盾に、イスラム教徒達を虐殺しまくった連中。
『正義と悪』という、正にバーホーベンが描きたいテーマを孕んでいるが、ミシェルの父親は正にこの『十字軍』のメタファーの様に思える。
更に、夫の危険な性癖を実は知っていたというパトリックの嫁は、組織的に性的虐待事件を起こしていたカトリック教会の司祭を”見て見ぬ振り”していたローマ教皇に通ずる。
こういった所からも、バーホーベンの無神論者ぶりが伺える。